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M.バッキンガム&C.コフマン著「まず、ルールを破れ」
Title: FIRST, BREAK ALL THE RULES
Sub Title: What the world's greatest managers do differently
Authors: Marcus Buckingham & Curt Coffman

今年も自身に課したノルマ(読書、月3冊)を達成することができました。年末、かなり追い込みましたが。

最後の一冊は、マーカス・バッキンガムの本です。氏の本は、「最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと」に続き2冊目です。いろいろなリーダー、マネジャーに関する本を読んできましたが、この本も折に触れ読み返し(といっても私の場合はBlogの備忘録を読み返すのだが)、自分の戒めにしたいと思いました。



●しかし、こうした違いはあってもただ一つ、並外れて優秀なマネジャーには共通点がある。それは、新しく何かを始めようとするときに、まず、伝統的常識であるはずのルールをことごとく打ち破っているということだ。人は自ら決心したことなら間違いなく実行できる、などという常識をすぐれたマネジャーが信じることはない。弱点を克服しようとしている人に力を貸そうという気持ちもない。一貫して黄金律(「己の欲するところ人にもこれを施せ」)を無視し続けている。それどころか、周りの人間に対するひいきさえいとわない。(p.7)

●本書は、過去25年間にわたりギャラップが実施した大規模な二大調査研究の集大成だ。~(中略)~われわれの調査によって実に数多くの事実が判明した。なかでも、最も注目すべき結論はこうだ。「才能がある従業員に必要なものは、すぐれたマネジャーである」。~(中略)~しかし、その企業における従業員の勤続年数や、仕事上発揮される生産性は、直属の上司のリーダーシップによって決まってしまう。(p.8)

●だれも皆同じように扱って、個人的なひいきをしない方が楽だ。伝統的常識は気持ちのいいほど魅力的で気楽なものなのだ。すぐれたマネジャーが共通して持っている革命的な知恵は、そんなに気楽なものではない。実現への道ははるかに苛酷だ。そこに要求されるのは、厳しさ、集中力、信頼感、そしておそらく最も重要なのは個別に対応する心がけなのだ。(p.9)

マネジャーにできるのは、従業員がありのままの姿で気持ちよく働けるようにすることです。それがマネジャーの最高の仕事です。いいですか、私たちは皆不安な気持ちを抱えています。仕事の上で、絶えずつきまとっているこの自分たちの不安感と格闘する必要がないとしたら、どれだけありがたいか。(p.13)

●そして特に重要なのは、責任逃れをするな、ということです。「これはばかげたアイデアだと思うが、会社がそうしろと言っている」なんてことは決して発言するべきではないでしょうね。責任逃れは自分の持ち場という小さな世界では通用しても、それによって葬式全体、いや失礼、組織全体はどんどん弱体化が進みますから。だから長期的な観点からすると、実際には自分自身の生活も悪化させていることになります。(p.16)

●従業員の定着率はどうか。奇妙なことに12の質問のうち、わずかに5問が定着率との関連性を含んでいるにすぎない。
Q1 仕事上で自分が何をすべきか、要求されていることがわかっているか
Q2 自分の仕事を適切に遂行するために必要な材料や道具類が揃っているか
Q3 毎日最高の仕事ができる機会に恵まれているか
Q5 上司や仕事仲間は自分を一人の人間として認めて接してくれているか
Q7 仕事上で自分の意見が尊重されているか
ほとんどの人たちは「仕事熱心な従業員は長く会社にとどまってくれる」という一般論を本能的に肯定する。けれども、われわれの調査が示唆しているのは、従業員の考えと従業員の定着率との関連性はこの種の一般論が示すよりも、微妙で特殊なものだという事実だ。他の質問はさておき、この5つの質問に対する回答の中身は、従業員のすぐ上のマネジャーによってはるかに直接的な影響を受けている。これは何を教えてくれているのだろうか。それは、人は会社を辞めるのではなく、そのマネジャーと別れるということだ。~(中略)~ところが定着率は、たいていの場合マネジャーの問題なのだ。もし定着率が悪かったら、まずマネジャーに注意を向けるべきだろう。(p.39)

●シャロンが言うように、そのマネジャーは悪い人ではないのだが、悪いマネジャーなのだ。どうしようもない配役ミスで、今では次々と才能のある従業員を追い出すことが日課になっている。おそらくこのマネジャーは例外だ。あるいはこの巨人では、個人としては才能を発揮して優秀な仕事をする反面、マネジャーとしてはお粗末な人物がその立場に昇進するのが習慣になっているのだろうか。巨人にしてみればきっと例外であってほしいと思っているはずだ。しかしシャロンにとってはどちらにせよ関係のない話だ。(p.43)

●多くのイニシアチブはきちんと実行されていた。にもかかわらず、そのほとんどは衰退してしまった。たとえば5年前にはマルコム・ボールドリッジ賞がアメリカの産業界で最も人気のある目標だったが、今日ではこれにやっと数社が応募するだけの状態だ。(p.61)

●イニシアチブの現状を考えてみると、むしろ悲しい。これらのイニシアチブの核心部分にはすべて、なかなか見えにくいけれども重要な真実が存在している。しかしそのどれ一つとして長続きはしなかった。なぜだろう。~(中略)~目標が高すぎ、その達成を急ぎすぎたのだ。(p.62)

●マネジャーの役割は部下一人ひとりの内面に入り込んで、その部下ならではの才能を解き放ち、パフォーマンスに結びつけることなのだ。こうした役割は部下を一人ずつ相手にするのが最も効果的だ。~(中略)~マネジャーが一対一で接することこそ、企業の活力の源泉になっている。激変する時代に企業に活力を与える、それも必要なときに力を集中する活力とできる限りの柔軟性を与えるのが、まさにマネジャーの役割なのだ。(p.75)

●マネジャーとして積極的に使わなければならないものが一つだけ存在する。それは自分の時間だ。その時間をだれと使ったか、どのように使ったかがマネジャーとして成功するかどうかの分かれ道だ。(p.78)

●従業員が自分の席まで来て、「私の今後の方向性はどうなっているでしょうか。私の能力開発を助けていただけますか」といった当然の質問をぶつける場合の答えを用意しておく必要がある。~(中略)~「人を選ぶ、要求を設定する、動機づけをする、そして育てる」。これが「触媒的」役割のなかで核となる4つの行動だ。企業のマネジャーにこの役割をうまくこなす能力がなければ、そのシステムの完成度がどんなに高くても、またリーダーがどんなにすばらしくても、その企業は次第に崩壊へと向かうだろう。(p.79)

すぐれたマネジャーと優秀なリーダーのあいだに存在する最も重要な違いは、その関心を集中させている対象だ。すぐれたマネジャーは「内側に」目を向ける。会社の内部を見る。個人一人ひとりの目標や仕事のスタイル、必要性、そしてやる気の違いに目を向ける。~(中略)~これらの些細な違いを理解することによって、一人ひとりがその独自の才能をパフォーマンスに反映させられる正しい方向性を見出すことにつながるからだ。優秀なリーダーは、これとは反対に「外側に」目を向ける。競争の状況を見つめ、将来や前進のための新たな道筋に目を向ける。世のなかのトレンドに目をつけ、そこにさまざまな結びつきや切れ目を探して、抵抗が最も弱いところで自分たちの有利な点をうまく活かそうとする。(p.82)

●マネジャーの4つの基本行動に話題を戻せば、伝統的常識は「間違った場所を掘って」いる。~(中略)~たとえば伝統的常識は
こんなことをアドバイスしている。
 1 人を選ぶ 経験や知識、意志の強さをもとにして
 2 要求を設定する 正しい手順を定めることで
 3 動機づけをする 本人の弱点を見極め、その克服に力を貸すことで
 4 育てる 学習し、昇進ができるように手助けすることで
表面上、このアドバイスには何も間違ったところはないように思える。~(中略)~ところがこれらのアドバイスは、すべて的外れだ。経験と知識、そして決断力をもとにして人を選ぶだけで優秀なチームが作れるわけがない。正しい手順を定めて、従業員の弱点を直すことが、力強いパフォーマンスを生み出す最も効果的な方法であるわけはない。~(中略)~すぐれたマネジャーに共通する、革命的考えを思い出していただきたい。
 人はそんなに変わりようがない。
 足りないものを植えつけようとして時間を無駄にするな。
 その人のなかにあるものを引き出す努力をしろ。
 それこそが本当に難しい。
もしこの考えを触媒的役割の中心的行動に応用すれば、以下のことがわかるはずだ。
 1 すぐれたマネジャーは才能で人を選ぶ。経験や知識、意志の強さでは選ばない。
 2 すぐれたマネジャーは成果を適切に定義する。適切な手順を定義するのではない。
 3 すぐれたマネジャーは部下の強みを活かすことに専念する。弱点に注目するのではない。
 4 すぐれたマネジャーは部下の強みに適した場所を探り当てる。単に梯子を上に継ぎ足す(昇進させる)のではない。
われわれはこの革命的アプローチを、すぐれたマネジャーの「4つのカギ」と名づけることにした。(p.88)

●すぐれたマネジャーによる才能の定義はこうだ。「生産性の向上に役立つ考え方や感じ方、あるいは行動の習慣的パターン」。ここで強調されるのは「習慣的」という言葉だ。自分の才能とは、自分自身が頻繁に繰り返している習慣的な行動のことだという。(p.93)

●人間という動物は皆、自分自身のフィルターによって行動しているため、同じ状況下でも大きく異なる反応をする。他人には朝飯前でも、自分にとってはどうしようもなく難しいということもあれば、自分には興味のあることが、他人にはうんざりと感じられることもある。(p.102)

●繁盛しているクルマのディーラー2店舗のマネジャー、エイドリアンはこんなふうに語っている。「マネジャーの立場にいて最も頭が痛いのは、自分ならこうするという方法で部下が仕事をしようとしないのが気になってしまうことです。けれどもそれには慣れるしかありませんね。というのは、もし仕事のやり方を押しつけようとすると、2つのことが起こるからです。一つ、連中は頭に来て仕事を放り出す。二つ、言うことを聞かなくなる、そして仕事にならない。どっちにしても、生産性最悪のトンネルですよ」。(p.161)

●このニック・リーソンの場合に異常だったのは、リーソンの上司が損失の拡大に気づかなかったことだ。これは権限委譲が度を越したとんでもないケースで、この上司は、リーソンにシンガポール支店のいわゆるフロントオフィスとバックオフィス両方のコントロールを許していたのだ。~(中略)~リーソンは1995年1月、最後のばくちを打った。日経平均の上昇に賭けた最後の大ばくちだった。リーソンは前世でとんでもない悪行を働いていたにちがいない。というのは1月17日、大地震が阪神地区を襲い、日経平均が暴落したのだ。~(中略)~その翌朝、目が覚めたとき、損失は13億ドルを超えていることが判明、何と同社の現金準備高をおよそ7億ドル以上も上回っていた。一カ月後の1995年2月27日、ベアリングスは倒産した。リーソンは刑務所に送られ、4000人が職を失った。創業200年の企業が崩壊したのだ。(p.172)

●われわれに標準を整備してそれに従う能力がなければ、今日のような複雑化した社会を作り上げることはできなかっただろう。標準があるからこそ、われわれは意志の疎通ができる。それぞれの言語は、それを話す人たちが共有している標準だ。もし相手の言語の標準(文法)を知らなかったら、そして、もしその具体的な記号の意味がわからなかったら、その人の言語では話ができない。(p.173)

●どんなことを思いつこうと、顧客がその具体的な成果に価値を認めないなら、それは価値がないということだ。これは資本主義の基本的な教義であるため、かなり直截的な指針といえる。にもかかわらず多くの企業は、自分たちの抱えている習慣や専門知識が邪魔をするためか、最後に価値があるかどうか決めるのは顧客であるという事実を忘れてしまっている。(p.189)

●乗客は一般的に、航空会社の安全運航記録を一つひとつ見て航空会社を選んでいるのではない。この単純な事実を、これらの航空会社は忘れている。どこの航空会社の飛行機に乗っても、乗客は無事に目的地に着くことを期待しているにすぎない。安全であることを要求はする。けれども安全だからその航空会社がすばらしいとは考えない。航空会社にとって安全は乗客に強調する価値のある成果ではない。(p.190)

●最高のマネジャーはこうした話が嫌いだ。~(中略)~第一、「われわれ一人ひとりが『一生懸命努力すれば、何でも自分がなりたいと思うものになれる』という話は本当のところ画に描いた餅のようなものだ。なぜなら、もしわれわれが皆『何でもなりたいものになれる』のなら、われわれの潜在能力は皆同じということになる。~(中略)~第二に、才能のない人を一生懸命育てれば最後には報われるという言葉がある。~(中略)~ところが、最も仕事のできるマネジャーはこれを否定する。なぜか。それはマネジャーの人生が、たとえば思いやりや戦略的思考、あるいは説得力といった才能に恵まれない部下の教育に専念するためにあるとすると、それは絶望的な人生になってしまうからだ。(p.204)

●採用されたほとんどその瞬間から干渉を嫌う人もいれば、毎日仕事を確認してもらわないと無視されたように感じる人もいる。マネジャーつまり「ボス」に認めて欲しいと思う人がいる一方で、同僚に認められるのが本当だと考えている人がいる。職場の仲間がいる前で誉めて欲しいと思う人もいれば、人前に出るのを避けて個人的に静かに感謝されればそれで十分だと考えている人もいる。従業員一人ひとり、互いにまったく違った心理的酸素を吸っているのだ。(p.214)

●これまで本人にとって最も有意義な認められ方とはどんなものだったのかを尋ねると、非常な効果を発揮することがある。なぜそれを詳しく覚えているのかを探ること。(p.216)

●すぐれたマネジャーは「公平」という概念に忠実に従う姿勢でいることには変わりはないが、その定義は一般的に考えられているものとはかなり違っている。「公平」が、だれに対しても同じように扱うという意味だとは考えていない。人を公平に扱えるただ一つの方法は、その人にふさわしい扱い方をすることだと言っている。(p.222)

●人間というものは自分に関心を持ってもらいたいと思っていることが、すぐれたマネジャーにはわかっている。人それぞれ持ってもらいたい関心の種類は違っているにしても、一人の人間として、無視されることはだれもが絶対に望まない。もし好きということが嫌いの反対でないとすると、無関心が両方の言葉の反対語だ。(p.223)

●失敗を研究したところで優秀さについてたいしたことは学べない。~(中略)~都合の悪いことに、間違った方法をなくすことによって、一握りの正しい方法を見つけ出せる力がわずかでも身につくというわけではない。優秀さは失敗の反対ではないからだ。(p.224)

●ビル・ゲイツとポール・アレンは運よくハイスクールのコンピュータクラブで知り合った。これらの並はずれた成功をおさめたリーダーのだれ一人、何でもできる人物は見あたらない。それぞれ自分のビジネスについて幅広い知識を持っていたが、才能という観点からすると、それぞれが一つか二つ自分の得意分野があり、それ以外のほとんどの分野にはたいした力があるわけではなかった。~(中略)~一方が不得意な分野に、もう片方が得意だったからだ。二人の協力関係があるからこそ何でもできたのであって、一人が何でもできたわけではない。(p.247)

●これらのリーダーから得られる教訓はきわめて明確だ。仕事で成功するためには、自分であることをそのまま活かす方策を見つければよく、自分にはないものを補おうと努力しても意味はない。自分は不得意だが重要な分野がいくつかある場合は、その人の得意分野である山と、苦手分野である谷がぴったりかみ合うようなパートナーを見つけることだ。このパートナーが補ってくれるおかげで、思う存分自分本来の才能を磨き上げることができる。(p.247)

●とはいえ、チームワークに関する伝統的常識の見方は誤解を招きやすく危険だ。成績優秀なチームは、その基礎に同志愛を置いており、しかもそのチームメンバーは皆一様にすべての職務がこなせるなどとは、すぐれたマネジャーは信じていない。反対に成績優秀なチームとは、個人一人ひとりが自分の一番得意な職務を心得ており、ほとんどの時間をその職務に割り当ててくれるチームのことだと考えている。この考えの基本的な原理は、優秀なチームは「個人の優秀さ」をもとに成り立っているということだ。すなわちマネジャーが持つ第一の責任は、一人ひとりを間違いなくその人にふさわしい職務につけることだ。第二の責任は、各個人の強みと弱みのバランスを考えて、個人同士が互いに補い合えるようにすることだ。そして、そこで初めて「同志愛」や「チームスピリット」のような幅の広い課題に関心を向けるべきだろう。(p.251)

●何をしても効果のない人が一部にはいる。~(中略)~こういった状況に置かれたら、残された選択肢はほとんどない。この部下には代わりの仕事を見つけてやるしかない。追い出さなければならない。好ましくない人間関係を直すには関係を断ち切る以外に方法のないこともある。同様に、お粗末なパフォーマンスを改善する方法はその本人を外す以外にないというときもある。そうすべき時期かどうかをどのようにして判断すればよいだろうか。~(中略)~マネジャーは部下一人ひとりの弱点を何とかしてやらなければならない。しかしもし、特別な人が一人いるために、ほとんどの時間をその弱点の対処に使うはめになっているならば、そのときは自分が誤った配役をしてしまったことに気づくべきだ。この時点が、誤った配役をやり直すときであり、その本人の行動を改める努力をやめるときなのだ。(p.252)

●梯子の高いところにあるわずかな部分に高い地位を限定することによって、従業員のだれもが(自分自身の実力がわかっている人でさえも)、さらに上の段を目指そうという気にさせられてしまっている。梯子の争奪戦が繰り返されるだけでなく、従業員の数よりも梯子の数の方が少ないために、その都度、勝者より敗者が多く生まれることになる。(p.262)

なぜわれわれは、今でも相変わらず、梯子のある段で成功した人はその上の段でも成功すると決めつけているのだろうか。われわれは過去から現在まで、訓練できるものと、そうでないものを混同し続けている、と言ってもまず間違いないだろう。技能と知識、そして才能のそれぞれを明確に区別しないで、こうしたわけのわかりにくい言葉を使った方が話がしやすかったからだ。(p.264)

●一部の企業では広帯域化が限界まで達している。売上高200億ドルの医療機器製造企業ストライカーでは、セールス担当者の給与が下は4万ドルから、上は最高中の最高の業績達成者に与える25万ドルまでの幅がある。このセールス担当者がマネジャーに昇進しようとすると、給与は60%ダウンする。新任早々の地域担当マネジャーのサラリーは、年間10万ドルを切ったあたりなのだ。面白いことにマネジャー向け給与の上限(報酬合計が約20万ドル)は、セールス担当者の上限を下回っている。同社で最高の地域担当マネジャーは、最高のセールス担当者並みには稼げないということになる。なぜストライカーはこんな仕組みにしているのだろうか。~(中略)~たとえば、同社は最高のセールス担当者を非常に高く評価しているから。最高のセールス担当者をできるだけ長期にわたって顧客と密接な関係を維持するようにさせているから。あるいは従業員一人ひとりに、管理職の梯子を登ろうとする前に時間をかけてじっくりと考えさせようとしているからなど。その理由が何であれ、同社の給与体系はこれまでのところ非常にうまくいっている。最高のセールス担当者たちと最高のマネジャーたちに引っ張られて、ストライカーは最近の20年間販売高と利益の両方で年率20%の成長を続けている。(p.277)

●つまりいろいろな経験を積むことによって人は魅力的になるということだ。したがって伝統的常識によると、キャリアとは、従業員にとって興味深く、かつ世のなかで通用するような経験をひたすら追い求める行為だという理解が最も適当だといえる。すぐれたマネジャーはこの考えに賛成しない。さまざまな経験を身につけることは重要だが、それは健全なキャリアの本質ではない。キャリアの周りを飾るアクセサリーではあっても、キャリアを目指す本当の原動力ではない。(p.283)

●ギャラップの調査対象となったマネジャーによれば、それぞれの部下のスタイルやパフォーマンスについて検討するための時間は、部下一人当たり一年間に約4時間だった。ある現場のスーパーバイザーが言うように「部下一人に対して一年間に4時間を割けないなら、そのときは自分の抱えている人が多すぎるか、あるいはマネジャーとして失格かのどちらかだ」。(p.296)

●ある部下の配役ミスが明らかになったとき、すぐれたマネジャーは鏡をかざす。その間違いを教訓にして、部下の才能と部下に欠けている才能の組み合わせをもう少し自覚させようとするためだ。そしてこんな言葉をかける。「この仕事は君には向いていないようだ。その理由を一緒に考えないか」あるいは「君の本来の長所を今以上に活かす職務を見つけなければ……。君はどう思う」。こういったセリフを使うのは、丁寧だからでも、悪いニュースが穏やかになるからでもない。それが真実だからだ。(p.310)

●年に一回の面接では細かな中身がわからない。そんな場合には、たとえインタビューをしても、「潜在能力」や「成長するよい機会」をテーマにしたあたりさわりのない議論になりさがっていく。細かな話を把握するには、最低でも四半期に一度、場合によってはそれ以上の回数の面接をする以外に方法はない。(p.329)

●部下との面接を毎年、年明けに、あるいは新規採用の場合は採用後1~2週間以内に一時間ほど実施し、そのなかで次の10の質問をすること。(p.333)

言葉づかいは考え方に影響を与える。考え方は行動に影響する。企業が従業員の行動を変えたければ、従業員の話し方を変えなければならない。強い会社はすぐれたマネジャーの言葉づかいを全社共通の言葉づかいにしている。(p.352)
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