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三戸祐子著「定刻発車」
副題は「日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?」です。この本、単なる興味で読み始めたのですが、意外と考えさせられる内容も多かったです。また当初の目的通り、トリビア的な知識も増えて楽しめました。p.34に記載の昔の日本は、まさに現代の中国における新幹線と同じですね!



●ヨーロッパには、日本のように1分以上の遅れはすべて「遅れ」と数える定時運転率の数字はない。世界をさらに広く見渡せば、遅れに関するエピソードには事欠かない。ニューヨークのグランドセントラル駅では、次の列車の到着時刻を「何時何分」と表示するのではなく、「Will be」すなわち「そのうちやってくる」と表示する。(p.16)

●ただ、世界の鉄道の目指すところが、すべて日本のような「1分違わず」正確に運行する鉄道かというと、これは大いに疑問なのだ。というのは、日本以外の世界のほとんどの国では、鉄道がいつも時刻表通りに動かないからといって、それにより社会の機能が麻痺(まひ)してしまうとか、立ち行かなくなることもなく、なんとかなってしまうからなのだ。(p.17)

●また別のある国ではストで一日中、列車が止まっても、人々はそれを降って湧(わ)いた休日のように受け止めて、それなりにレジャーを楽しんでしまう。羊やラクダが線路を横切って、列車を長い間止めても、それに対し人々は文句をいうどころか、「仕方がない」あるいは「神様の思(おぼ)し召し」ということですませてしまう。(p.18)

●列車の遅れの影響は、社会が違えば違う。「10分や15分」はよく遅れる鉄道の乗客が、日本の乗客の何倍もイライラするのでもない。「1時間や2時間」はよく遅れる鉄道の乗客が、日本の何十倍もイライラするのでもないのである。(p.18)

●技術のギャップを急速に縮めるために明治の指導者たちが選んだ方法は、外国(イギリス)から資金を借り入れ、鉄道をまるごとひと揃(そろ)い外国から買ってくることであった。技術顧問や機関手など、高い給料を払って雇ったお雇い外国人から、車両やレール、時計、さらには枕木(まくらぎ)や石炭まで、日本にやってきた最初の鉄道はすべて外国製のものであった。(p.34)

●ちなみに日本で最初の鉄道は海の上を走っている。当時の陸軍や弾正台(だんじょうだい)(後の司法省)が、鉄道建設は冗費である、鉄道を敷く資金があるなら国防費に回せといって鉄道建設に強硬に反対し、用地の測量を妨害したからである。「それなら海中を通れ」(大隈重信)と、最初の鉄道は一部の区間で海の上に石を組み、その上を列車が走ったのである。(p.37)

これほどに時間に関心を持つ国民は世界でも珍しい部類に入るようだ。角山氏はその驚きをこう述べている。「誰に命令されたわけでもないのに、農村の一小地主が近世の初めからきちんと時間を意識して日々の記録をつけていたことは、ヨーロッパ史を学んでいるものの眼からみると驚きである。(p.51)

●また、江戸時代の記録文書に武士階級や知識人、庄屋の旅日記がある。旅日記をつけるのなら、いまのわれわれの感覚でも「何月何日、これこれ」と書けば十分なようなものだろう。ところが彼らの旅日記には時刻の記載がある。それは、当時としてはごく普通に行われていたことなのだという。(p.51)

●1997年2月、東京都江戸東京博物館では「参勤交代 巨大都市江戸のなりたち」展が開かれた。数々の展示物にまじって、そこには加賀藩の軍学者、有沢永貞(ながさだ)が考案したという参勤交代の旅程ダイヤグラムも展示されていた(63ページの写真)。描かれているのは金沢から江戸日本橋までの11泊12日と、9泊10日の工程。~(中略)~網の目状のダイヤグラムを見ていると、列車ダイヤまであと一歩、と応援したい気持ちにもなるのである。(p.61)

●明治37年、甲武鉄道(現、中央線)が普通鉄道で最初の電車を東京の飯田町~中野間に走らせた時、列車は早くも10分間隔で走っている。(p.69)

●この時間帯、山手線列車は2分半間隔、中央線は2分間隔で走っている。2~3分間隔で走っている首都圏の鉄道では、2分の遅れは1列車分、およそ4000人分の輸送力の損失を意味する。この時間帯に列車を遅らせるような行為は、ほとんど罪悪に等しい。(p.116)

●首都圏のターミナル駅では、それぞれの列車の停車秒数は、人が駅構内を歩く速度まで計測して綿密に決められている。~(中略)~列車は、前の列車で降りた人がホームからはけた、ちょうどその頃にやってきて、ピタリと乗車位置の前でドアを開き、決められた秒数内に乗客を降ろし、乗客を乗せ去ってゆくのでなければならない。(p.117)

●新宿駅の駅員の話によると、新宿駅のホームでは、列車が1分遅れて、2分間隔の列車が"3分間隔"になると、ホームの乗車位置に並んだ人の列が長くなる。3分遅れて"5分間隔"になると、なんとホームに人の列がなくなる。ホームが人でいっぱいで、列が識別できなくなるのだ。(p.118)

●大正14年10月の時点で山手線一周は62分40秒。これは今日の山手線の運転士をしても「結構、いいスピードで飛ばしている!」「すっ飛ばしているという感じだ」といわしめる水準である。(p.125)

●輸送力増強のためには、列車間隔も詰まってゆく。ちょっと信じられないかもしれないが、中央線東京~中野間は、大正13年2月から、混雑時には早くも3分間隔、東海道線東京~品川間(山手線を含む)では、大正15年1月から混雑時2分半間隔が現れている。(p.125)

●運転士は見習いの時から、メーターを見なくても、カタッ、カタッという線路の音や、体に受ける抵抗で、列車の速度がわかるようになるまで訓練されている。だから一人前の運転士なら、発車時に体に受ける抵抗だけで、そのときの列車の混雑状況がわかる(空いた列車と、混雑した列車とでは、重量に違いがあるので、それを肌で感じ取り、加減速のタイミングを微妙に調整するのだ)。(p.155)

●急ブレーキをかけて止めようにも、列車は止まるのに在来線で600メートルほどかかる。飛び込みに遭遇した運転士たちは、わずかではあるが、なすすべなく経過する時間を味わっているのだ。「あの20秒ほどは忘れようにも、忘れられない」「20年経(た)ったいまでも鮮明に思い出す」と運転士たちはいう。運転士なら誰でも1度や2度、多い人は5度とか7度、経験するのだというから、この仕事もタフでなければ務まらない(実際に、自殺に遭遇したことを苦にして運転士を辞めた人もいるそうである)。(p.175)

●同じように、信頼度0.999の部品を4個、5個……と直列につないだシステムを考えてゆき、それぞれのシステムがうまく働く確率を、次々に計算してみる。~(中略)~では、部分を1000個だとか1万個つないだらどうなるか?それはわれわれの日常感覚では、思いもつかないようなことが起こる世界である。①式に代入して計算すると、
  部品数1000個では、システムの信頼度は0.37
  部品数1万個では、システムの信頼度は0.00005
いまの例で使った信頼度0.999の部品は、日常の感覚では「十分すぎるぐらい信頼できる」部品である。そういう非常に几帳面な人ばかりが集まってつくった部品でも、1000個直列につなぐと、システムの信頼度は0.37。~(中略)~一つ一つの部分は、ほんとうに「よくできた」ものであっても、システムの規模が巨大になると、全体としては情けないほど「トラブルが多い」システムになってしまう。これが巨大システムで起きている数のマジックだ。(p.200)

●ここで注目すべきことは、並列システムでは、システムの信頼度0.936は部分の信頼度0.6を上回っていることだ。同じような考え方で、4個の部品を並列にした場合、5個の部品を並列にした場合も計算できる。
  4個並列にすると、システムの信頼度は0.9744
  5個並列にすると、システムの信頼度は0.98976
たちまちに高い信頼度が得られる。「頼りない」部品でも5個並列にすると、なかなか「立派」なもの。並列の効果は絶大だ。(p.208)

●どの車両に、どの乗務員が、いつ、どこからどこまで乗り、どこの駅の詰め所で、どれほどの休息や仮眠をとり、次は、どの駅から、どこへ向かって、どの列車を走らせるかは、乗務員仕業ダイヤや、車両運用ダイヤとして、あらかじめ綿密に計画されている。(p.234)

●たった一本の列車を余計に割り込ませるために、35本の列車の運行予定を変更することも実際にあるのだという。(p.235)

●今日まで東京のような巨大都市が破裂することもなく、人々が日本中どこへでも自由に行きたいところへ時刻通りに行けるのは、鉄道企業が人の流れを正しく読んでいるからでもある。(p.237)

●「みどりの窓口」で知られる座席予約システム(マルス)が初めて登場したのが昭和35年。民営化後は、大都市を中心に自動改札機の導入が積極的に進められた。それらのシステムは、予約の迅速化や経費の節減、乗客の流れのスムーズ化など、それぞれの時代の社会的要請や技術的要請に応じて構築され、人々の移動のテンポをも大きく変えてきたのであるが、同時に、時々刻々起こる需要をとらえるための情報システムとしても機能してきた。(p.243)

●特に新線建設の場合は、ダイヤが先につくられる。「長野新幹線でもハードウェアの建設に先だって、まずはダイヤをつくっているのです」と計画担当者はいう。(p.246)

●そうした作業の中で出てきたのが、自由席の位置を列車ごとに変えるというアイデアだった。大方の列車では、ここが指定席、ここがグリーン席、ここが自由席といった編成は決まっているものである。その順番をホームの収容能力の問題のために、わざわざ変えようというのである。来る列車、来る列車ごとに、自由席の位置が変われば、乗客が並ぶ位置が変わる。たとえ一つのホームでも大勢の乗客が収容できるのだ。(p.253)

●一日の乗客数を比べてみると、JR北海道がほぼ東京駅の乗客数に、JR四国が品川駅の乗客数にほぼ相当する。それほどに鉄道が運営される環境というのは国内でも違うのである。(p.309)

●また日本の鉄道人たちがヨーロッパやアメリカの大都市の鉄道を見て、驚き、羨(うらや)ましく思うのは、その駅設備の豊かさだ。「ニューヨークのグランドセントラル駅の発着線は96本もある!」~(中略)~ヨーロッパやアメリカの鉄道では、5分や10分、あるいは30分遅れても「何とかなってしまう」というのは、一つにはこうした需要環境の違いや、駅設備の違いがある。(p.310)

●日本の鉄道では、1本の臨時列車を出すために35本の他の列車の運行計画を変えなければならないこともあるといったが、そういう状況が現れるのは日本の鉄道ぐらいなのである。~(中略)~日本の鉄道、とりわけ大都市周辺の鉄道は、世界の常識からすれば、とうに"限界"を超えるレベルまでたくさんの列車を1本の線路に走らせている。(p.310)

●われを顧みずに懸命に"限界"への挑戦を続け、秒単位の正確さを実現させようとする鉄道員たちの努力には感慨深いものがある。しかし他方では、「やはりそこまでしなければならないものなのか?」「こういうことが鉄道企業では果たしていつまで続けられるのだろうか?」という思いは拭(ぬぐ)いきれない。(p.313)

●布団(ふとん)を敷いて、またたたんで、敷いて……を繰り返して、1つの部屋をいく様にも使ってきた日本人。ことによると線路設備の小ささは、狭い空間を幾重にも使う日本の伝統的な空間利用法にも通じる問題でもあるのかもしれない。(p.323)

●誰もが簡単に情報の発信者になれるネットワーク社会では、人々の生活のリズムも大きく変わり始めている。~(中略)~携帯電話を手に人は「いまどこ?」「じゃあ何分ぐらいかかるね」と、細かく状況を伝えながら、お互いに会うタイミングや場所を図っている。待ち合わせ場所も、待ち合わせ時刻もあらかじめ念入りに決めておく必要はない。大体のところを決めておいて、もしうまく会えなかったら、すぐさま互いに連絡を取り合えばよい。これからの情報社会で人と人は、それぞれが情報を発信しながら、最も適切な場所とタイミングを図りながら、出会ってゆく。いったん決めた約束は状況次第でいつでも変えられるのだから、緊張感がないといえば、緊張感のない社会にもなるが、それだけ人間の側にゆとりもできている。(p.362)
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