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高橋俊介著「キャリアショック」
引っ越し前に読み終わっていた本ですが、なかなか家でパソコンに向かえず、アップが遅くなってしまいました。


●しかしながら、将来的な目標に向けて、計画的に一つ一つキャリアを積み上げていくというキャリアデザインの考え方が、実はいま、急速に成り立たなくなろうとしている。なぜなら、「キャリアショック」の時代が、日本にも訪れようとしているからである。「キャリアショック」とは、自分が描いてきたキャリアの将来像が、予期しない環境変化や状況変化により、短期間のうちに崩壊してしまうことをいい、変化の激しい時代に生きるビジネスパーソンの誰もがそのリスクを背負っている、きわめて今日的なキャリアの危機的状況をいう。(p.2)

●キャリアショックの危機は、誰にでも確実に訪れる。キャリアの安全地帯は、もはや存在しない。ひとたび、危機を逃れたかに思えても、そこがいつの間にか地雷原のまっただ中になっていたといったようなことが、日常的に起きる時代に突入しようとしている。(p.2)

●しかし、たとえ、雇用が確保できたとしても、ある日突然、自分のキャリアが陳腐化し、自分のキャリアの将来像が、あっという間に崩壊してしまう。それがキャリアショックだ。そういう事態がこれからは、どんどん起きてくる。(p.3)

●古くは一生同じ仕事を続け、習熟することで、生涯を終える人たちが多かった。しかし高度成長時代以後ホワイトカラーが急増した。その世界は、仕事は数年毎に変化して、異動や転職で新たな仕事につけば、それを習得することで、キャリアアップし続け、一つのキャリアを全うするというものだった。しかし変化の激しい現代、予定どおり一つのキャリアを生涯追求することは事実上困難になっている。いつ何時、いままで積み上げてきたキャリアそのものが陳腐化し、ジョブチェンジではなく、キャリアチェンジが必要になるかもしれない。(p.3)

●しかし、今後、3~5年、日本のビジネスパーソンのキャリアをめぐる状況が大きく変化していく可能性が高い中で、いま、勤めている会社の経営方針や人材育成方針のみに盲従することは、キャリアショックを起こす危険性があるといわざるをえない。それほどに、キャリアの"ドッグイヤー"化が進んでいる。(p.7)

●最近の調査によると、アメリカのビジネスパーソンは、一生のうち、ジョブチェンジは9~12回、キャリアチェンジは3~5回するといわれている。(p.7)

●実際、サン・マイクロシステムズのCEO、スコット・マクナリーは、社員に対して、同じ仕事を2年以上続けるなと明言している。キャリアが陳腐化する可能性があるからだと、その理由もはっきり明示している。この話を同社の人事担当幹部から聞いたときに、私はこう質問した。「それではスキルの蓄積ができないではないか」。答えは明快だった。「スキルが蓄積されるころには陳腐化するだけだ」。そして、こうも言った。「スキルは蓄積するものではなくて、更新するものだ」と。(p.8)

●日産自動車を最近退職し、ヘッドハンターに転職した人物がいる。本書の執筆にあたり、内情に詳しいその人物から話を聞く機会を持ったが、そこで語られた日産自動車の現実は、キャリアショックのマグニチュードの大きさを物語っていた。たとえば、社内エリートの洞落現象。これまで日産自動車の海外展開の主流は、北米だった。ところが、ルノーによる買収の結果、北米における主要なポストは、ルノーに関係のあるアメリカ人に取って代わられることになり、北米に駐在していた日本人幹部社員はその多くが帰国を余儀なくされた。それらのポストは、もはや日本人の手に戻ることはない。帰国した彼らは、将来のキャリアが完全に途切れてしまった。「北米のエキスパート=エリートコース」という構図が、ここに潰(つい)えてしまったのだ。(p.18)

●プランド・ハップンスタンス・セオリーとは、直訳すれば、「計画された偶然理論」ということになるが、ひとことでいえば、変化の激しい時代には、キャリアは基本的に予期しない偶然の出来事によってその8割が形成されるとする理論だ。そのため、個人が自律的にキャリアを切り開いていこうと思ったら、偶然を必然化する、つまり、偶然の出来事を自ら仕掛けていくことが必要になってくるというのだ。そして、自分にとって好ましい形で偶然を必然化するには、特定の行動・思考パターンが必要であり、それは次ページのような5つの特徴によって表されるとする。(p.31)

●変化の時代には、個人が自分のキャリアの将来像を明確に描くことは不可能であり、しかも、キャリア構築は予定どおりにはいかない。であるならば、自分にとってより好ましい変化を仕掛け、キャリアショックに備える行動を取らなければならない。その能力を、「キャリアコンピタンシー」と呼ぶ。社外で通用すると思われる目先のスキルや特定の資格を身につけたとしても、それがいつ陳腐化するかわからない。キャリアショックがいつ起きても不思議ではない状況の中で、柔軟に自分のキャリアを仕掛けていくような行動パターンや行動能力が、個人にとって最も重要になりつつあるのだ。(p.34)

●最近は日本でもコンピタンシーという概念が流行し、会社によっては、職種ごとに必要とされるコンピタンシーやスキルを詳細に書き出して、それに向かって努力させる人事制度を始めるケースが目立っている。この職種の人はこのようなコンピタンシーやスキルをつけなさいと、会社が答えを制度で教えるわけだが、これはキャリア自律支援としては、問題がある。その答えがどんどん変わっていく時代であるからだ。(p.35)

将来のキャリアのために重要ならわざわざ給料の低い方の仕事にいまついておくという考え方も十分ありえる。(p.40)

●学校の格、会社の格と、常に外部の人間が一律に与えてくれるモノサシで、一段でも高い方へ上がることを人生の目的とする。しかし、こうした生き方は、もはや過去のものとなった。流動化の時代になると、社内のモノサシなど、社外では通用しなくなっていることは、多くの事例が示している。(p.40)

●入社以来、20年間、いわれたとおり、正確に仕事をすることだけを続けてきた人が、ある日突然、役割が変わったので自分の仕事を自分でつくりなさいといわれたら、どうするか。前向きな発想を20年間、封印してきた人が、まったく正反対のコンピタンシーを短期間につけるのは、至難のわざといってもいい。(p.53)

●さらに、パーソナリティーや動機そのものを変えることはできるのか。動機をアセスメントするツールには、キャリパー社のほかにも、有名なものではマイヤーズ・ブリック・タイプ・インジケーター(MBTI)、エニアグラムなどさまざまなものが開発されており、それぞれ、特定の調査対象について、20歳前後から一定年次ごとに追跡調査を行っているが、どの調査でも、動機に大きな変化はほとんど見られなかったという分析結果が出ている。(p.54)

●幸せの源泉は、あくまでも動機にある。仕事で高い成果を出しても、自分にとって幸せか、幸せでないかは、その仕事と動機とのマッチングがどれだけ高いかによって決まる。(p.55)

●最近は、日本の企業でも、社員がハイパフォーマンスを上げるためにどのようなコンピタンシーが求められるか、そのモデルを示すケースが増えてきた。しかし、会社の示すある特定の職種のコンピタンシーを盲目的に追っていったとしても、そのコンピタンシーが自分の動機と必ずしもマッチングするとは限らない。あるいは、自分にとってキャリアモデルになるような、尊敬する先輩がいたとする。その人のキャリアを真似て、自分も同じようなコンピタンシーをつけようと思って努力しても、それが幸せのキャリアになるとは限らない。(p.55)

●ジョブマッチングに関するキャリパー社の調査・分析によると、アメリカで営業職についている人たちには、「20・25・55の法則」があるという。~(中略)~しかし、どのような営業スタイルであろうと、マッチングしない人が55パーセントもいる。つまり、営業という仕事そのものが本質的に自分の動機とマッチングできない人が営業をやっているケースが半数以上も占めるとは、なんとも驚きだ。この法則は、キャリア自律において一歩先を行くアメリカでも、ジョブマッチングがさほどは進んでいない現状を示している。(p.56)

●自己管理の指標が高い人は、独立心が強く、独自の目標を掲げ、自分で自分の仕事を組み立てないと気がすまない。一方、外的管理の指標の高い人は、外部から与えられる規則や決まり、枠組みや手順などを重視する。自分の部下の行動もこと細かくルールで管理しようとする傾向が強い。(p.61)

自分の動機に合わないコンピタンシーやスキルばかりを努力して使うことは、どこかで自分に無理を強いるため、当然、ストレスがたまる。動機なき努力中心の仕事があまりにも長く続くと、過剰なストレスと疲労感が心身をむしばみ、ある日突然、燃え尽きてしまう。(p.73)

●しかし、時代が変わり、いまや上級管理職になればなるほど、成果主義によるプレッシャーがのしかかってくるようになってきた。まじめに努力しようとする人ほど、動機とのアンマッチングが増幅し、あるとき、臨界点に達してしまう。実際、ここ数年、中高年自殺者の増大が社会問題になっているのは、その表れと見ることもできる。(p.73)

●一方、自分で仕事を提起し、顧客に提案を行い、特定分野の高度な専門的スキルを駆使して、顧客に高い付加価値を提供していくという形で、仕事のサイクル全体を自分たちで回していくような人たちもいる。コンサルティング営業などはその典型だろう。特定分野の高度なスキルが要求され、一つの仕事のサイクル全体を担当するこの職種タイプを、プロフェッショナルと呼ぶ。よく、スペシャリストとプロフェッショナルは混同されがちだが、その位置づけはまったく異なる。このプロフェッショナルたちの組織を統轄し、引っ張っていくのがプロフェッショナルリーダーだ。プロフェッショナルが基本的にある特定の仕事のサイクルを回していくのに対し、そのベースになる儲かる仕組みそのものをつくったり、変えたりする人たちもいる。ビジネスリーダーと呼ばれる。経営一般のスキルと専門分野のスキルのバランスを取りながら、より大きなサイクルを回していく。このビジネスリーダーよりも広い経営一般のスキルを駆使し、新規事業や新業態を立ち上げていくのが、イントレプレナー(社内起業家)と呼ばれる人たちだ。そして、企業経営そのものに強い動機を持ち、サイクル全体をひたすら自分の意思で徹底的に回していこうとするのが、アントレプレナー(起業家)という構図だ。(p.78)

●これに対し、プロフェッショナルやプロフェッショナルリーダー、ビジネスリーダーなどは、コンピタンシーが重要になる。自分で課題を発見し、解決の方法を考え、自ら実行し、結果を検証して、また、新たに課題を発見する……というサイクルを回していく中で、常に新しい考えを取り入れ、創意工夫を生み出していくというプロセスは、それに適した思考特性や行動能力を持っていなければ、とうてい不可能だ。WHAT構築能力こそ典型的コンピタンシーといえる。WHATという明確な目的を自分自身で設定するからこそ、次のHOWに必要な勉強は短期集中で一気に行うというのが典型的行動パターンだ。(p.80)

●では、イントレプレナーやアントレプレナーはどうか。同じように基本的にはコンピタンシーが必要だが、このレベルになると、強い動機との完全なマッチングが絶対に不可欠のものとなる。とくにアントレプレナーなどはその最たるもので、それこそ自分の家屋敷を抵当に入れ、明日手形が落ちそうにないといった極限状態の中でも、銀行に行って支店長に土下座してでもお金を工面するくらいの修羅場を何度もくぐり抜けることができないと、アントレプレナーとしては成功しない。そうした艱難辛苦や、つきものに取り憑(つ)かれたような猛烈な仕事ぶりを、何ら苦とせず、むしろ乗り越えることに満足感を抱く。それは、自分で事業を起こし、成功させたいという、本当に強い動機に裏打ちされてなければできるものではない。(p.80)

●慶応義塾大学キャリア・リソース・ラボラトリーでは、キャリアコンピタンシー調査の第一弾として、第一線で活躍する多数のキャリアパーソン約30人に対し、ロングインタビューを行っている。~(中略)~最初に、非常に印象的だったことを述べると、すでに実施した30人近いインタビュー対象者のうち、長期の明確なキャリアゴールや計画を持ち、そのとおりにキャリアを構築している人は、一人もいなかった。インタビューの最後に必ず、「あなたの5年後のキャリアゴールは何ですか」と質問したのだが、具体的な答えは一つもなかった。それほどに変化の激しい時代になっていることを実感した。(p.88)

●こういうときに、やりたくない別の仕事が来そうになったらどうするか。これは、Bさんだけでなく、ほかの取材対象者も異口同音にいっていたことだが、「いやですといって逃げるのではなく、もっと自分の仕事を膨らませて、とても、そのいやな仕事ができないくらい忙しくしてしまい、結果的に、いやな仕事は避けるようにする」ということだった。これなら、わがままをとおすことにはならないし、ケンカにもならない。やりたい仕事は先に膨らました方が勝ちで、忙しくなるのを嫌って仕事をあまり膨らまさないでいると、逆に、みんながやりたがらない仕事が回ってくる可能性がある。このように、先手先手で自分のやりたい方向に仕事を膨らませてしまう方法は、キャリアの達人の基本中の基本といえるだろう。(p.92)

●そんなとき、現状から脱出するために、次はこの仕事をしたいという具体的なイメージがあるわけではないが、とにかく現状を打開するため、リスクを取ってでも大きくステップを踏み出すことが必要になってくる。これを、キャリアを振るという。いまの仕事の延長ないしは周辺から、一気に離れてしまう。きわめて非連続的かつ非計画的な行動パターンだ。(p.109)

●こうした中で、自らキャリアを切り開いていくには、社会的に通用する職業倫理に基づいて、自らをコントロールしていくことが必要だ。会社の命令が自らの職業倫理に反するものであれば、命令どおりに動くのはやめ、職業倫理の方を取る。それが結果的に、自分のキャリアにとってプラスになる。(p.140)

●雇用と賃金を天秤(てんびん)にかけ、雇用を選ぶか、賃金を取るかを、経営者と組合が交渉し合う光景に、私は非常に違和感を抱かざるをえない。環境の厳しい中で、雇用と賃金の両方を満たすことは難しいので、どちらかを選ぶという選択は、なんら不思議ではないように思われるかもしれない。しかし、よく考えてみると、これは実に奇妙なものであり、それを労使が交渉することのおかしさがわかるはずだ。(p.144)

●仮に経営者がいくら終身雇用を守ろうと思っても、その意思と関係なく、株主側の判断により、経営者の入れ替えが行われる時代なのだ。ある日突然、外資系になるかもしれない。本来なら保障できないはずのものを「保障」することで、いまの賃金を下げさせるという交渉は、あとで裏切る可能性を前提としており、成り立つはずがないのだ。(p.146)

●それにしても、終身の雇用を要求する労働組合は、よほど経営者の能力を高く評価しているのだろうか。それとも、経営者がだめでも、政治家が守ってくれると思っているのだろうか。大企業を潰すと社会的にインパクトが大きいから自分たちの雇用を守ってくれると、信じているのだろうか。そう考えざるをえないような労使交渉である。(p.146)

●これまでは、会社都合をかかげれば社員の誰もが従った。「会社のため」というひとことで、キャリアを支配できた。経営者としては、一度、このマネジメントを味わってしまうと、まさに"蜜の味"で、それを失うことの怖さ、予想される混沌への躊躇から、現実的にはもはや雇用保障を続けることが難しいと思いながらも、その看板をなかなか降ろすことができない。これが、多くの経営者の胸中ではないか。これこそ、日本的な先送り経営の最たるものだ。(p.150)

●労働組合にも問題は多い。いまの時代に、経営者に対し、雇用保障の要求をすること自体が論外だ。もちろん、先進的な取り組みをしている組合も一部ではあるが、かなり多くの組合が、いまだに雇用保障を最大テーマにしている。しかし、いまの経営者に雇用を保証する能力はないことを早く認識すべきである。仮に、雇用保障の約束を取りつけたとしても、それは、たかだか1年サイクルのものでしかない。それさえもいつ状況が変わるかわからない時代なのだ。業績が悪化し、外資が急きょ入り、その意向により雇用保障が放棄されることになったとき、組合がその経営者の責任をいかに追及しても、なんの解決にもならないだろう。(p.151)

●福利厚生面でも、社宅や住宅ローンの金利補償などは、簡単には会社を辞められない仕組みの典型だった。転職すれば住宅の確保から始めなければならない、あるいは、負担が増える。あらゆる手段を使って、人材が途中で逃げないような仕組みをつくり、支配・服従の構造を盤石なものにしようとした。その時代こそ、人材は資産だった。社員は逃げることはなく、翌朝も必ず、会社にやってくる。会社には明確な支配拘束権があったから、人材はバランスシートにあてはめれば、資産の部に載るような存在だった。逃げることがないので、教育という追加投資もどんどん行われた。(p.164)

●私自身、29歳から32歳まで3年間、マッキンゼー社で経営コンサルタントの仕事に携わったが、その後、人事・組織のコンサルタントの道へ進むことになったのは、大きく2つの理由があった。~(中略)~そして、もう一つの理由として、今後の動向を読んだ部分も大きい。マッキンゼー社で3年間、企業戦略にかかわるさまざまなプロジェクトを経験して強く印象づけられたことがあった。それは、これからの日本の企業社会で根底的な課題として出てくるのは、人間と組織の問題であるということだった。いくら優れた企業戦略を書き上げても、これまでのような巨大なピラミッド組織で、序列重視の人事マネジメントを続けていたら、絵に描いた餅になってしまう。ここが大きな問題になってくるに違いない。それは確信に近いものがあった。(p.180)

●ところで、ビジョンやバリューは長期的で抽象性の高いものだが、その一方で、短期的で具体的な目標は必要ないのかといえば、必ずしもそうではない。~(中略)~ただし、変化の激しい時代には、5年先、10年先の具体的な目標から逆算して、細かい計画を立てる富士登山型は通用しない。目標はきわめて短期的なものとなる。私が奨めるのは、「100日プラン」というものだ。まず、100日を目処にアクションプランを立てる。新しいスキルをつけるために何かを始める、社内公募に応募してみる、仕事上で何かを仕掛けてみる……などなど、かなり具体的な行動だ。なぜ、100日かといえば、いまの時代、100日間できっかけさえつかめないような目標は、永遠に実現しないと考えた方がいいからだ。(p.184)

●成果主義とは、年功序列賃金を改定することであると思っている人が、日本でもずいぶんいるようだが、それはあまりにも表層的なとらえ方だ。成果主義の本質は、意欲と能力の高いハイポテンシャル人材をいち早く見出して、リーダーシップの発揮しやすいポジションにつける発掘と抜擢の人材フローにある。単なる賃金制度改革でもなければ、人事制度改革でもない。まさに、組織改革そのものといえる。(p.202)

●こう話すと、いかにも計画的かつ戦略的にキャリアを振ってきたように聞こえるだろう。私は別にウソはついていないが、しかし、事実はそうではない。本当の話をしよう。大学で航空工学科に進んだのは、たまたま飛行機が好きだったからで、4年になって、いざ就職活動を始めたところ、日本では飛行機づくりなどあまり行われていないわけで、飛行機の設計技術をそのまま活かせるのは、ほんの一握り。~(中略)~飛行機の設計技術がまったく役立たない国鉄に入ったのは、旅行が好きで汽車が好きだったから、コネがなくても試験一本で決めてくれるところだったから、内定がいちばん遅く最後の最後で決まったから……といった次元の理由からで、本当にたまたまにすぎない。マッキンゼーとの出会いも偶然だ。学部にいたときは早く社会に出たいと思って就職したが、大組織で5年間働いているうちに、大学院に入ってもう一度しっかり勉強したいという思いがわいてきて、アメリカに留学した。すると、もっと研究を続けたいという気持ちが強くなって、結局、国鉄を退職することになった。(p.210)

●やはり、外国人はダメなのか……と諦めかけたときに、大学の求人案内の掲示板を見たら、「外国人可」の会社があった。~(中略)~付帯条件はついていても、「外国人可」とは珍しいなと思って、社名を見たら、マッキンゼーという会社だった。初めて見る名前だった。そこで、たまたまそばにいたアメリカ人の友人に、「このマッキンゼーという会社はいい会社か」と聞いたら、「これは非常に有名な会社だ」という。それなら間違いはないだろうと思って、履歴書を送った。(p.211)

●そのときは、アメリカに残る決心を固めつつあったのだが、マッキンゼーは給料がよかったことと、留学費用の返済の必要があったことから、結局、その日本オフィスに就職することになった。入ってから、経営コンサルティング会社がほかにもいろいろあるのを知ったくらい、まったくの未知の世界との出会いだった。29歳のときのことだ。ところが、いざ仕事を始めてみると、自分は理系でありながら、コンサルタントの仕事に意外と向いているのではないかと思うようになった。もともと私は、アントレプレナーのように事業を立ち上げるような動機は強くない。(p.212)

●こうして、ようやく人材マネジメントの分野と出会い、アメリカ系の人材コンサルティング会社であるワイアット(現・ワトソンワイアット)に入社し、以来10年以上、一つの分野で自らのキャリアを積み上げながら、現在にいたっている次第だ。このようにマッキンゼーに入社するまでは、ほとんど偶然のいたずらであった。(p.213)

●私自身のキャリアを振り返ってみるとき、逆算すれば、すべてのステップが役立っているような言い方もできるが、それはあとづけの結果論で、実態は、プランド・ハップンスタンス・セオリー(キャリアは偶然の出来事で8割決まる)そのものであることがわかる。そして、偶然を必然化するためのキーワードである「好奇心」「こだわり」「柔軟性」「楽観性」「リスクを取る」が、それなりに入っていることもご理解いただけるだろうか。(p.213)
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