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ロバート・フルガム著「人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ」
Title: All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten
Author: Robert Fulghum

なんか、特別タメになる本というワケではないのですが、ついつい読み進めてしまう本でした。


●この本をお読みいただくにあたって、あらかじめいくつかお断りしておこうと思う。道に迷った時のために、簡単な地図を、というほどの心である。ここにおさめられている文章は、長年の間に少しずつ書き溜めたものである。友人や家族、教会の集まりを対象に、そしてまた、時にはわたし自身のために書いた文章で、もともと本にする気など毛頭なかった。(p.7)

●もう一つ。この本にはずいぶん矛盾したことが書いてある。読んでいくうちに「待てよ、ちょっと前にぜんぜん反対のことが書いてあったじゃないか」と思われる箇所があることと思う。その通りなのだ。どうも、わたしの頭のなかには対立する考えが同居しているらしい。(p.8)

●この本は、どうか少しずつ、ゆっくり読んでいただきたい。一気におしまいまで読み通す必要はどこにもない。起承転結があって、読み終えたところで何か結論が出るというわけのものでもない。(p.9)

●最後に、わたしは公認の<ストーリーテラーズ・ライセンス(語り手免許証)>を持っていることをお話しておかなくてはならない。これはわたしのさる友人が作ってくれたもので、デスクの前の壁にテープで貼ってある。ご案内の通り、ライセンスには免許ということのほかに創作の自由という意味がある。わたしは話の効果を上げるために、真実をそこなわない範囲において、いくらかの虚構をまじえることを許されているわけである。このライセンスにはまた<ストーリーテラーズ・クリード(語り手の信条)>なる一段が盛り込まれている。カトリックのミサにおけるクレド(使徒信条)に倣(なら)い、「我、以下のごとく信ず……」という形式で語り手たるものの信仰箇条を掲げたものである。
  想像は事実より強い。
  神話は歴史よりも意味深い。
  夢は現実より感動的である。
  希望は常に体験に勝る。
  笑いだけが悲しみを癒(いや)す。
  愛は死よりも強い。(p.9)

●人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。わたしはそこで何を学んだろうか。
  何でもみんなで分け合うこと。
  ずるをしないこと。
  人をぶたないこと。
  使ったものはかならずもとのところに戻すこと。
  ちらかしたら自分で後片づけをすること。
  人のものに手を出さないこと。
  誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。
  食事の前には手を洗うこと。
  トイレに行ったらちゃんと水を流すこと。
  焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。
  釣り合いの取れた生活をすること-毎日、少し勉強し、少し考え、少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして、少し働くこと。
  毎日かならず昼寝をすること。
  おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、はなればなれにならないようにすること。
  不思議だな、と思う気持ちを大切にすること。発泡スチロールのカップにまいた小さな種のことを忘れないように。種から芽が出て、根が伸びて、草花が育つ。どうしてそんなことが起きるのか、本当のところは誰も知らない。でも、人間だっておんなじだ。
  金魚も、ハムスターも、二十日鼠も、発泡スチロールのカップにまいた小さな種さえも、いつかは死ぬ。人間も死から逃れることはできない。
  ディックとジェーンを主人公にした子供の本で最初に覚えた言葉を思い出そう。何よりも大切な意味をもつ言葉。「見てごらん」(p.17)

●わたしたちみんなが、そう、世界中の人々が、3時のおやつにクッキーを食べてミルクを飲み、ふかふかの毛布にくるまって昼寝ができたら、世の中どんなに暮しやすいことだろう。あるいはまた、各国の政府が使ったものはかならずもとのところに戻し、ちらかしたら自分で後片づけをすることを基本政策に掲げて、これをきちんと実行したら世界はどんなに良くなるだろう。それに、人間はいくつになっても、やはり、おもてに出たら手をつなぎ合って、はなればなれにならないようにするのが一番だ。(p.19)

●この風船こそは熱気球の嚆矢(こうし)であり、気球飛行史の第一歩であるとされている。この歴史的な光景に立ち会ったなかに、新生アメリカの外交官としてフランスを訪れていたベンジャミン・フランクリンがいた。~(中略)~傍らの男に、あんな風船が何の役に立つのか、と問われてフランクリンは歴史に残る名答を返した。「生まれたばかりの赤ん坊が何の役に立つね?」(p.196)

●わたしが言いたいのは、想像力、つまり、夢見る心が人間に何をもたらすかということだ。「想像力は情報以上に貴重である」とアインシュタインは言った。(p.198)

マザー・テレサはついと演壇に上がり、学術会議を倫理的行動主義の実践の場に変えてしまった。畏敬の念に打たれて静まり返った聴衆を前に、マザー・テレサは落ち着いたよく通る声で言った。「わたしたちは大きなことはできません。ただ、大きな愛をもって小さなことをするだけです」(p.265)

●もし、この世の人の善意によって支えられる真の平和が実現するとしたら、それはマザー・テレサのような女性たちのおかげだと思う。平和は願うものではない。自分たちで作り出すものである。平和は行ないであり、人の在り方である。平和とは与えることである。(p.265)
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