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リチャード・フロリダ著「クリエイティブ資本論」
Title: The Rise of the Creative Class
Author: Richard Florida

この本は、1年以上前に読み始めていたのですが、途中で挫折して放置していました(Amazonで、2010年8月に購入していました)。先月から読むのを再開し、409ページを読み切りました。途中で挫折はしたのですが、タイミング的には今年になって読んで良かったなぁと思いました。

●クリエイティブな仕事をする人の数は過去一世紀、とりわけ過去20年間に激増した。本書は、そうしたクリエイティブな仕事に携わる人の増大について解説している。具体的には科学者、技術者、芸術家、音楽家、デザイナー、知識産業の職業人などであり、それを私はひとまとめに「クリエイティブ・クラス」と呼んでいる。(p.i)

●膨大な数の人々を機械的な仕事に閉じ込めておくことは、人間の能力を恐ろしく無駄にしていることになる。クリエイティブ時代においては、道徳的にも経済効率的にも許されないことだ。本当に必要なのは、多くの人をクリエイティブな仕事に引き込むことであり、クリエイティブな能力を活用する多くの市場や機会を創出することなのである。(p.v)

●本書でもそうしたリストの一つを示しているが、それによると子どもに優しい上位5都市であるポートランド(オレゴン州)、シアトル、ミネアポリス、ニューヨーク、サンフランシスコは、一つの都市を除いて「ゲイ指数」(ゲイ人口の相対的な比率)が平均よりもはるかに高く、また5都市すべてが「ボヘミアン指数」(画家、著述家、音楽家など芸術家人口の相対的な比率)の上位7都市に入っている。私はゲイやボヘミアンによって都市・地域が成長していると言いたいのではない。こうした人々が大勢住んでいることが、偏見のない多様な文化が根底にあることの指標になっていると言いたいのである。(p.vi)

●私は偉大な都市問題の専門家ジェーン・ジェイコブスが好んで使う言葉を、より深く理解できるようになった。それは、「抑圧者のほうを押し潰してしまいなさい」という言葉である。抑圧者とは管理好きの指導者や細かすぎる管理機構、より一般的には社会的な統制や上意下達的な権力構造のことであり、これこそがクリエイティブなエネルギーを抑圧し、頓挫させてしまうのである。(p.xiii)

●トロントやバンクーバーなどの地域には、アメリカの都市には見られないほど移民やボヘミアンが集中している。オーストラリアのシドニーやメルボルンも、クリエイティビティ・インデックスでアメリカの地域のなかに位置づければ、6位か7位に相当する。ダブリンやロンドン、ヘルシンキ、アムステルダム、コペンハーゲンといったヨーロッパの都市も、急速に追い上げている。(p.xv)

●言い換えれば、クリエイティブな人は仕事があるところに集まるのではない。クリエイティブな人が集まり住みたいと思うところに集まるのである。古代アテネやローマ、メディチ家の時代のフィレンツェ、エリザベス朝のロンドン、グリニッジビレッジ、そしてサンフランシスコなど、クリエイティブな人は常に特定の場所に引き寄せられてきたのである。(p.10)

●現代の生活は、不確実な関わりが特徴となっている。驚くほど心配や努力をせずに、転職して前に進むことができる。かつては社会制度に密接な結びつきを感じ、集団のなかでアイデンティティを形成してきたが、今度は自分自身でアイデンティティをつくり上げる努力をしなければならない。それが今日の生活の基本的特徴である。クリエイティブ精神の根幹は、クリエイティビティを反映させつつ、自己を創造ないし再創造するところにあるのだ。(p.11)

●クリエイティブ・クラスと他の階層とを分ける重要な違いは、報酬を何から得ているかということである。後述する「ワーキング・クラス」や「サービス・クラス」は計画に沿って実行して対価を得るが、クリエイティブ・クラスは何かをつくり上げることで報酬を得ており、他の2つの階層に比べて相当な自立性や柔軟性を有している。(p.12)

●昔に比べて職場はたしかにカジュアル化したように見えるが、従来の縦型の管理制度に代わり、自主管理、同僚による評価やプレッシャー、自発性などに基づく新たな形態の管理制度が生まれた。~(中略)~こうした状況下では、より独立して仕事をするようになるが、その分、無能な経営者や意地の悪い上司に対処するのは以前より大変になった。安定した仕事と引き換えに自由を得たからである。自分の仕事や技術に対して適切な報酬が与えられる一方、仕事を通じて学び、成長し、職務内容を決定し、自身の計画を管理し、アイデンティティを表現する能力が求められる。大企業を含め、あらゆる企業が、クリエイティブな仕事になじむ新しい職場をつくり上げる努力をして、この変化に適応しつつある。職場環境に関して企業に選択肢はない。こうした環境を整えて生き残るか、整えずに消滅するかのどちらかなのである。(p.17)

●デイビッド・ブルックスは独創性に富む著作『アメリカ新上流階級 ボボズ』の中で、新しい文化はブルジョア的価値とボヘミアン的価値の融合を象徴していると主張する。(p.18)

●実際、私たちは休むべき時に働き、仕事をすべき時に遊んでいることがある。クリエイティビティはあらかじめ決まった時間にスイッチを入れたり切ったりできるものではなく、それ自体、仕事と遊びとが奇妙に混じり合ったものだからである。(p.19)

●マーガレット・ボーデンのThe Creative Mind(クリエイティブ精神)は、この分野の包括的な解説書であるが、それにはこうある。クリエイティビティには強い関心だけでなく自信も必要である。他人からの批判を気にせず、新奇な発想を追及したり間違いを犯すには自尊心が必要である。自己否定が必要な場合もあるかもしれないが、それだけでうまくいくわけではない。一般に受け入れられている規則を破る、あるいは解釈を広げるためには自信が必要である。懐疑的な態度や嘲笑に負けずにそれを続けるには、なおいっそうの自信が必要なのである。(p.38)

●クリエイティビティの有名な定義の一つに、「既存の形態をよりよい方向へ破壊する過程」というものがある。そして経済学者ヨーゼフ・シュンペーターにとって、資本主義の本質とはまさに「創造的な破壊の絶え間ない強風」なのであった。(p.38)

●加えてクリエイティブな仕事には取り組む者にいっさいを集中させる魔力があるため、過去の多くの偉大な思想家が他人と「緊密な関係をつくらない」人であったことがわかっている。~(中略)~実際、精神科医アンソニー・ストーは「もし根源的な洞察を得るために非常に集中した時間が長期間必要であるならば、家庭的な人は不利であろう」と述懐している。(p.42)

●クリエイティビティを発揮するには、何よりも内発的な動機が必要である。もちろん金銭で動く者もいるだろうが、芸術家、作家、科学者、オープンソースのソフトウエア開発者など、真にクリエイティブな人は内発的な動機によって行動している。(p.42)

●クリエイティブ・クラスを惹きつけている多様性について、興味深い指摘がある。従業員にインド人、中国人、アラブ人その他の顔ぶれが揃っているごく小さなソフトウエア企業について話をしていた時、あるインド人の技術者が言った。「それを多様性とは言わない。全員がソフトウエア技術者なんだから」(p.98)

●シカゴにあるハイテク・デザイン会社で行った研究において、社会学者であるリチャード・ロイドは、ある一人の人間が述べた言葉を次のように引用している。「私が働きたいと思う場所は、業務上のクリエイティブな努力も業務外で行っているクリエイティブな行為も支援してくれ、職務内容を通じて自分の技能を築いていくことが会社の利益にもなると認めてくれる場所です」(p.116)

●私は、職場の所在地を積極的な意味で主たる判断基準に用いているという、クリエイティブな人々にも会っている。彼らは自分たちが住みたいと思う場所を選定し、それから就職活動に全力を注ごうとする。インフォメーションウィーク誌の調査で、20パーセント近い労働者が自分の職場の地理的な所在地(18.7パーセント)、通勤に要する時間(18.8パーセント)を重要な要素としてあげたことを考えてみたい。両方の要素とも、昇進の可能性、ボーナスの機会、経済的な安定、企業の威光、ストックオプション、社内の託児サービス、在宅勤務が可能であることなどよりも上位にランクされていた。あらゆるタイプの労働者を対象にした別の調査では、勤務地の重要性がさらに増大していた。(p.118)

●それほどまでに勤務地が重要と見なされているのには、本書の第4章で書いたとおり多くの理由がある。まずクリエイティブ・クラスは移動性が高く、いかなる特定の場所にも縛られない、ということに留意したい。私が聞き取り調査をした人々のなかには、「お金のため」に就職の決断をし、のちに「よりよい場所」を求めて転職した例が多数存在した。また、私の教え子からは毎年のように、給料のよいコンサルティングの仕事に就いたものの、より質の高い仕事や生活の質を求め、その仕事を辞めたという電話を受ける。人々は、自分たちが暮らすコミュニティにも参加したいのである。(p.119)

●2001年のタワーズ・ペリンによる「タレント・リポート」でも、あらゆる分野の専門的職業を大規模にサンプリングし、彼らの優先する事項によって、次のように分類している。
・「ワーク・ライフ・バランス」を最優先にあげた人々が最大だった(42パーセント)。
・自分のスキルを磨き、勤めている会社で出世することを最優先課題にあげた人は28パーセント。
・12パーセントは自分自身を、早い昇進と高い報酬を求める「出世志向」であると認識している。
・12パーセントは自分自身を、仕事をする過程で多くの物事を試すことに興味を持つ「実験者」と見なしている。
・より高い報酬を求めて次々に職を変えることを望む「フリーエージェント」であると回答したのは、わずか6パーセントであった。(p.124)

●クリエイティブな労働者たちは、アブラハム・マズローの古典的な欲求段階説に単に従っているわけではない。必要最低限の基本的ニーズを満たすことを心配している人はほとんどいない。彼らはすでに、他者からの敬意や自己実現といった内発的報酬を追求できる上位階層にいる。そして、最上位の段階に到達すると、また違ったかたちの敬意や自己実現を追求するという水平展開も起こりうるのだ。The Fourth Great Awakening(第4の覚醒)の中でロバート・フォーゲルは、先進工業国の労働人口において、やりがい、楽しみ、よい仕事をする、貢献する、学ぶために働くという層の増加を報告している。(p.126)

●クレメントはPWCでも会計監査部門ではなく、華やかなコンサルティング部門でメディアや娯楽産業を担当する部署にいた。~(中略)~しかし、彼はコンサルティングという仕事が単調で終わりのない仕事であるということがわかってきた。(p.127)

●新たな労働市場の最も顕著な特性は、ほとんどすべての人が同意しているように、人々が企業に縛られていないということである。一つの組織の出世コースを昇る代わりに、自分のやりたいことを探し求めて、水平方向に会社から会社へと移動する。~(中略)~10年以上前に出したThe Breakthrough Illusionの中で、マーティン・ケニーと私は、シリコンバレーや国道128号線といった地域でのハイテク労働者の過剰な流動性に注目するよう促した。それ以来、このような過剰な流動性は、経済全体にわたり標準的なものになってしまった。それは統計データにも印象的に表れている。
・いまやアメリカ人は平均して3.5年ごとに転職している。この数字はあらゆる年齢層で確実に短くなってきており、労働統計局が出した2001年の数字によると、20代の労働者では平均して1.1年ごとに転職している。
・インフォメーションウィーク誌が行った給与調査では、IT労働者の半数以上が、現在の雇用主の下では4年未満しか働いておらず、また3年以内に転職したいと考えている。このうち4分の1の労働者は現在の勤務先に2年~2年未満しか勤めておらず、1年以内に転職したいと考えている。~(中略)~
・2001年のタワーズ・ペリンが行った調査では、回答者の優に60パーセントが、もはや従業員が1社に勤め続ける適当な勤続期間など存在しないと答え、3~5年が適切と答えたのは、わずか10パーセントであった。調査を行った時点で、半数以上が就職戦線で積極的に動き回っており、10年ぶりにレイオフが襲った2001年後半でさえも、3分の2以上が別の仕事に就くのはたやすいことだと答えている。(p.130)

●大きな組織で長期間にわたり雇用されることが、人の個性、あるいは人のアイデンティティを形成するうえで必要であると、本当に信じてよいのだろうか。長期間にわたって一つの勤務先に勤めることや、企業で安定的にキャリアを積むというのは、産業革命および現代の労働組合や経営と関連した、比較的最近の傾向である。(p.136)

●かつての終身雇用という処遇に戻りたいと切望する人に、私はほとんど出会ったことがない。私が聞き取り調査した人々の主要な原動力は、そこにあるようだ。彼らは会社生活における駆け引きや官僚的手続きにうんざりしている。~(中略)~いずれの環境にいる人も、自分の仕事を失うのではと心配することにうんざりしているのである。そして、だれもが全体を管理できないなかで、どんな分野であれ自分にとって最も重要であるだろうことを、できるだけ管理しようとしている。(P.138)

私は自分の娘が生まれた直後、週末だけでなく、もっと家庭で夕食を取りたいと決心した。彼女にとって財布ではなく父親でありたいと思った。(p.139)

●さらに悪いことには、指示を大きく変えることで、従業員に自分たちがやってきたきつい仕事はすべて無駄骨だったと思わせてしまっている。これでは最も忠実な従業員でさえも、船を見捨てる気にさせてしまう。私はこのような意見を、小規模のIT企業で働いている「日雇い労働者」からだけでなく、高い給料を得て安定した企業で働く人々、非営利組織や政府機関で働く人々、自身が管理責任を有する人々からも聞いている。(p.140)

●彼らが独立する理由は失職とは違う。彼らは自分の生活、時間、仕事の選択をコントロールするために、独立しているのだ。彼らは決断することで、多くの点で自由になっている。~(中略)~この研究では労働者に離職を促したものは、大きく3つのタイプの不満にあるとしている。多くの人は社内での駆け引きにうんざりし、疲れてしまったのだ。この研究の中で一人のエンジニアが次のように語っている。「多くの人の課題を調整しなければならず、たくさんの不必要な会議に時間を費やし、皆の機嫌を取り持つように努め、彼らの相手をしようと努めた。それは厳密には業務に関係なく非生産的で、非常に緊張するものであった」(p.141)

●かつて上司というのは、自分たちの仕事について部下よりも多くを知っている人たちだった。それゆえに、組織構造と典型的な昇進の道は、共に垂直なものだった。じっとそばについて、仕事に関してより多くを学ぶと昇進した。しかし今日では、(仕事の)専門化が進み、こうしたことはもはや有効ではない。「権限を持つ人々は、もはや自分たちの部下の仕事について理解していない」とバーレイは書いている。(p.143)

●第5章で示しているように、柔軟性は属性のなかでも、労働者が最も価値を置くものである。勤務時間の柔軟性については、クリエイティブ・クラスの仕事においてとりわけ明らかだ。より学歴の高い人ほど柔軟な時間設定を選ぶ傾向があり、一方、高等学校を卒業していない労働者は固定された勤務時間を選ぶ傾向が高い。(p.154)

●クリエイティブな仕事をするにはものすごい集中力が要求され、人々は日中でも個人個人が柔軟に休憩時間を取れるような体制が必要となる。昼の休憩時間を潰して一生懸命働き、その後、午後にはマラソンをしたり自転車に乗ったりして、「次の仕事」のために英気を養うのを好む、と多くの人々が私に話している。また、クリエイティブな思考は、意識的にオンとオフの切り替えをするのが難しい部類の奇妙な活動である。(p.155)

●柔軟性は、長時間労働の終焉を意味しているわけではない。カジュアルな職場を特徴づける要素の一つは、クリエイティブ・クラスがきわめて長時間働くことにある。労働統計局の推定によると、専門職、技術職、そして管理職の労働者は週当たりの労働時間が49時間以上と、最も長時間、仕事につぎ込んでいるようである。(p.155)

●クリエイティブな労働者たちは視覚刺激を好む。形式張らないことが彼らに心地よさを感じさせ、表現豊かにさせるのである。(p.159)

●MITのトーマス・アレンは、現代オフィス設計の草分けの一人と見なされている。研究開発施設に関する10年にわたる研究の中で、アレンはその近接性の重要性を発見した。人々は自分の近くにいる人と最も相互作用し合う。75フィート(約23メートル)以上離れた場所に座っている人々とは、めったに相互作用し合うことはない。(p.159)

人は、クリエイティブな仕事の「流れ」を何かに妨害されると、再度集中するまでに通常20分から30分かかるという。(p.159)

グラッドウェルは次のように続ける。従業員が静かに、各自の机に縛りつけられるように座って勤勉に自分たちの仕事に勤しんでいるとしたら、そのオフィスは果たすべき機能を果たしていない。~(中略)~より正確に言えば、相次ぐ研究が証明しているように、どのような職場でも、社内の異なるグループ間での何気ない交流から、最高のアイデアが浮かんでくるものなのだ。(p.161)

●職場環境を自宅同様、あるいはそれ以上に快適な環境にすれば、社員はそこにいたいと感じるだろう。マイクロソフトでは全社員が各自のオフィスを持ち、ドレスコードはない。社員は裸足で歩き回ることさえできる-カフェテリア以外は。楽しく仕事をすることとよい仕事をすることの間には大きな相関関係があるのだ。(p.169)

●まず主要な変化は、私たちの時間の使い方が過密化したことにある。いま私たちは持てる時間のすべてを何らかの活動や経験で満たそうとする-職場でも、家庭でも、そして余暇においても。~(中略)~私たちはより柔軟性に富み、入り組んだ予定を立てるようになっている。そしてそれは長い人生にも当てはまる。出世や生活を優先し、結婚や子どもを先送りし、人生中盤に大きな転換をする人が増えている。(p.187)

●時給労働者には実労働時間分を支払わなければならない。しかし固定俸給制であれば、残業にコストはかからない。決まって週50時間働くのであれば、25パーセントはサービス残業という計算になる。年間で通算すれば3カ月無給で働いていることに相当する。毎週60時間働くとすれば50パーセントに相当する。(p.192)

●さらにクリエイティブな労働は、頭の中で処理されるという意味で片時も離れることがない。一日の終わりになっても、大概未解決の問題や決済待ちの案件が残っている。これらもろもろの案件は、退社後のあなたの目の前をふさがないまでも、脳裏からなかなか離れず、あなたを悶々とさせる。そのような時、あなたは「働いている」のだろうか。あなたが自転車に乗ったり、夕食を取ったりしている間にも考えに耽っていたとしたら、それを仕事として日誌に記録するだろうか。クリエイティブ労働者は実際のところ、統計が示すよりもずっと長く「働いている」のだ。(p.194)

●私の第二の故郷であるピッツバーグは、潤沢な資産に恵まれた都市だ。カーネギーメロン大学は世界をリードするIT研究拠点の一つであり、通りを下ったところのピッツバーグ大学には、これまた世界レベルの医療センターがある。~(中略)~ピッツバーグは3つのメジャー・スポーツチームを擁し、著名な美術館や文化施設があり、市内にくまなく配置された公園、工業化時代の趣のある建築物、快適かつ手頃というまさに最高の住宅環境を誇る。友好的な土地柄で、コミュニティ意識や愛郷心も強い。1985年以来、ランド・マクナリーの「アメリカで最も住みやすい都市」調査では高順位をキープしている。しかし、経済は中程度での横ばいが続いている。(p.278)

●ここで、いまの時代の核心に迫り、かつ本書の研究の大半を始めるきっかけともなった問いが浮かび上がる。人は日々暮らし働く場所をどのように決めるのか。人生に関わるこのような決定を行うに当たり、本当に重要な要因とは何なのか。それはどのように、そしてなぜ移り変わってきたのか。通常、答えは「仕事」だ。ほとんどの経済学者はこう言うだろう。人々は、最も魅力的なポジションと有利な経済的報酬を求めて場所を移る。しかし仕事だけですべてが割り切れるわけではない。どこで働き暮らすかの決定は、幅広い事情を考慮して行うものだ。私たちが現在望んでいることは親の時代とは異なるし、また私たちの多くがかつてそうしたいと考えていたこととも異なる。(p.280)

●経済学者や社会学者は、企業の立地の決定には非常に注目してきたが、人々が住む場所をどのように決定しているかについては、ほとんど注目してこなかった。これが、私が答えようとする根本的な疑問である。~(中略)~返ってくる答えはいつも同じだ。だれもが経済的な事情とライフスタイルの両方に重きをおき、両者を混ぜ合わせて考えるのだ。現実には、人々は標準的な理論が示すようなキャリア選択や地理的移動をしているわけではない。かといって闇雲に仕事や場所を選んでいるわけでもない。私は徐々に人的資本の理論から離れて、自分の考え方を持つようになった。同僚はそれに「クリエイティブ資本理論」という名前をつけてくれた。私のは、クリエイティブ資本を保有する人々が好む地域に経済成長が生じるというもので、多様性、寛容性があり、新しいアイデアを受け入れる地域を彼らは選ぶのだ。(p.286)

●「どこに住み、何をしているのか」の組み合わせが、「どこに勤めているか」に代わり、アイデンティティの主要な要素になっている。~(中略)~今日、冒頭のタトゥーを入れた若者は、「トリロジーに勤めています」というより、「私はソフトウエア開発者で、オースチンに住んでいます」ということで、みずからのアイデンティティを語るだろう。私は飛行機でよく旅をするが、会話のきっかけが変わったことに気づいた。10年前は、「どちらにお勤めですか」と聞いただろうが、いまは「どこにお住まいですか」である。(p.295)

●私が調査した多くのクリエイティブ・クラスは、自分たちのコミュニティに関わりたいと思っていると言う。それは、どちらかといえば「社会をよくしたい」といった気持ちの表れではなく、その場所で自分のアイデンティティを積極的に確立したいという欲求と、アイデンティティを反映し、確認できる場所の構築に積極的に貢献したいという気持ちの両方が反映されたものである。(p.295)

●初めてニューヨークにやってきた若者は、家賃が安く若者も多いイーストビレッジ、パークスロープ、ウイリアムズバーグ、ホーボーケンのような場所に住む。少し大人になり、収入も少し増えると、アッパーウェストサイドやソーホーに移り住む。さらに収入が増えれば、ウェストビレッジやアッパーイーストサイドに移ることもできる。結婚して子どもができれば、そのまま都心に居続ける人もいるが、コネチカット州ウェストチェスター郡やニュージャージー州郊外のようなベッドタウンに移る。子どもが大きくなって巣立ったら、都心に戻りセントラルパークを見下ろすコープ・アパートやアッパーイーストサイドに移るのだ。(p.300)

●クリエイティブ・クラスの核となる層も集中する傾向にある。ローリー=ダーラム、サンフランシスコ、ワシントンDCやロチェスターなどは、スーパー・クリエイティブ・コアと定義される人々が最も集まっている都市であり、労働力全体の15パーセント以上である。ボストン、シアトル、オースチン、ハートフォードは僅差でその次に位置づけられている。(p.303)

●さらに問題なのは、全米中の小規模都市の大部分が事実上、サービス・クラスの砦となりつつあることだ。サービス・クラスは、全米の約50の中小都市のなかで労働力の半分以上を占めている。これらの地域は、休暇で訪れる人たちに頼るほかは、経済的に上昇する要素をほとんど持たない。これにはホノルル(ハワイ州)、ネープルズ、フォートメイヤーズ、デイトナビーチ、パナマシティ、サラソータ(以上フロリダ州)、マートルビーチ(サウスカロライナ州)、ケープコッド(マサチューセッツ州)などのリゾート地が含まれる。(p.305)

●クリエイティビティは有名なハイテク産業の拠点、文化拠点に限られたものではない。デモイン、ボイシ、アルバニー、ゲインズビル、ポートランド(メイン州)やアレンタウン(ペンシルベニア州)も、クリエイティビティ・インデックスでは上位にある。これらの地域は一般的にはハイテク産業の拠点とは見られていない。このランキング結果からすると、これらの地域の経済的な将来性は意外に明るいかもしれない。(p.310)

●新しいクリエイティビティの地図とその経済効果を理解する際には、私が経済成長の3つのTと呼ぶ技術(technology)、才能(talent)、寛容性(tolerance)が手がかりとなる。それぞれ必要なものだが、一つだけでは不十分だ。クリエイティブな人々を惹きつけ、イノベーションを生み、経済成長を促すには、3つのTすべてが揃った場所でなければならない。(p.313)

●彼は、広く読まれた著書『孤独なボウリング』で、コミュニティの多くの面が20世紀後半に急激に衰退したことについての説得力ある議論を展開した。パットナムは、1980~93年にかけてボウリング愛好会が40パーセント減少したのに対し、ボウリング人口自体は10パーセント増加したのを知り、この書名をつけた。~(中略)~アメリカ中で人々の市民活動への参加は減り、投票率は下がり、教会へ通うことも労働組合に入ることも減り、そしてだれもがボランティアをあまりしなくなってきているという懸念だ。~(中略)~彼は、人々はお互いから、コミュニティから、ますます離れるようになったと指摘する。(p.335)

●私はパットナムの主張を買いたいのだが、私自身の行っている調査からは驚くほど異なる結論が出てきている。聞き取り調査の範囲では、パットナムの言う結びつきの強いコミュニティを欲している人はほとんどいなかったのである。~(中略)~現代社会学の言葉で言えば、こうした人々は強い絆より弱い絆を好んでいるのだ。(p.337)

●社会資本の排他的な面はいまでも残っている。聞き取り調査でよく聞かされるのは、ウィルクスバリ、ファーゴ、そしてピッツバーグのような古くからの結束の固いコミュニティでは、自分自身でいることが難しく、常識以外のことをするのが難しいということだ。最近の新聞のインタビューで、パットナムは次のように述べている。「アメリカの社会資本の高い場所、低い場所の地図をつくると、天気図のように高い所が一つできる。その中心はミネアポリス=セントポール辺りだ。ミネソタ人は一緒にボーリングに行くし、近所に友人もいる。トランプをしたり、グループ活動に参加したり、文化団体に所属している」。しかし新聞は、ミネアポリス=セントポールは、外部の者よりはるかに内部の者にとって都合がよいと指摘している。(p.341)

●この分析を利用して、カッシングはコミュニティを4つのタイプに分類した。分類はカッシングのものだが、ここでの名称は私がつけたものだ。~(中略)~
・組織時代コミュニティ-クリーブランド、デトロイト、グランドラピッズ、カラマズーなど、古くから企業が支配している地域である。社会資本は平均的で政治関与は平均より高いが、多様性は低く、イノベーション、ハイテク産業のレベルも低い。~(中略)~
・ハイテク王国-シリコンバレー、サンディエゴ、フェニックス、アトランタ、ロサンゼルス、ヒューストンなど、急成長している地域である。急速な経済成長の地域モデルとしてもてはやされる一方で、スプロール現象、環境汚染、交通渋滞に苦しんでいる。~(中略)~
・クリエイティブ・センター-サンフランシスコ、シアトル、ボストン、シカゴ、デンバー、ボルダーなど都市圏の中心地で、イノベーションとハイテク産業のレベルが高く、多様性のレベルは非常に高い。~(中略)~私の分析では、これらの都市はクリエイティビティ・インデックスが高く、聞き取り調査でも住んでみたい、仕事をしたい場所として頻繁にあげられる場所である。(p.344)

●弱い絆が重要である最大の理由は、より多くの関係を持てることにある。強い絆は、その性質上、私たちの時間とエネルギーを非常に消費する。弱い絆は時間とエネルギーの投資が少なく済むので、状況に応じて使い分けることができる。~(中略)~しかし私は、弱い絆ばかりで構築された生活をしようと提案しているわけではない。~(中略)~多くの人は核となる強い絆は維持している。大切な他者がいるのだ。(p.346)

●私は、アメリカが団体、経済、収入、民族、人種構成、社会組織、宗教、政治などのはっきり異なる2つの社会に分裂するのではないかと恐れている。一つはクリエイティブで多様性があるハイテク産業の人々、ボヘミアン、科学者、エンジニア、マスコミや専門職が混じり合う大都市だ。もう一つは、絆の固い、教会を基盤としたワーキング・クラスの人々や田舎に住む人々の古い市民社会だ。前者は優位に立ち、この国の将来の経済を支配していくだろう。その地域は裕福であるだけでなく、成長が速く、テクノロジーも進み、人を惹きつける魅力もある。理由は簡単である。開放的で人が入りやすいからだ。そこでは簡単にチャンスが見つかり、支援体制もすぐできるし、自分自身でいられる。~(中略)~この変化は諸刃の剣である。人々が望みどおりの条件で生活を簡単に送れるようになるのは簡単だが、一方で即座に立ち去ることができるというのは、本気でそこになじもうとする気がないという意味でもある。(p.352)

●聞き取り調査でも多くの人々が、本当の場所で本当の生活だと思い描いているものを築こうと、シリコンバレーのような場所をどんどん離れている。自分自身でいられることと、パットナムが夢想したような古いタイプではなく、新しく快く受け入れられるような種類のコミュニティを持つこととのバランスを取りたいと思っている。クリエイティビティ・インデックスが高く、歴史もあり、コミュニティの意識もほどほどにあるシカゴ、シアトル、ミネアポリスのような場所なら、昔からのコミュニティをよりよいライフスタイル、イノベーション、経済成長と結びつけることが可能だろう。アメリカ国外では、ダブリンやトロントのような場所なら、開放性と強いコミュニティ意識に対する寛容さとの間でバランスを取ることができる。(p.352)

●2000年2月にニューヨーク・タイムズ紙は、年収5万ドルではシリコンバレーに手頃な価格の家を見つけられなかったと報じている。そこでは、住宅価格の平均は41万ドル、寝室が2部屋あるアパートの家賃は月額1700ドルであった。サンタクララ郡(シリコンバレーの中心部)では、推定2万人のホームレスのうち3分の1以上は、常勤の仕事に就いていた。(p.363)

●おそらく最も興味深いのは、アレンタウン(ペンシルベニア州)もそこに含まれることだ。ビリー・ジョエルの有名な歌の中で産業衰退の象徴として嘆かれた地域であるが、リーハイ大学やラファイエット大学の存在によって、アレンタウンはクリエイティブ時代を勝ち抜いていくことであろう。(p.366)

●2001年の夏、アメリカで最も「子どもに優しい都市」25都市のリストをめぐり、ピッツバーグで論争があった。ファミリー向けの街を自認してきたピッツバーグが、そのリストでは13位にランクされたことをめぐっての動揺だった。ピッツバーグより上位にランクされた12都市のすべてが、クリエイティビティ・インデックスの上位20都市に入っており、しかもそのうちの2都市を除けば、ゲイ指数でも上位20都市に入っていたのだ(図表16-1を参照)。(p.372)

●図表16-1 子どもに優しい都市はクリエイティブ(p.373)より、以下抜粋。
1位:ポートランド(オレゴン州)
2位:シアトル
3位:ミネアポリス
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