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ダン・アリエリー著「予想どおりに不合理」
Title: Predictably Irrational
Sub Title: The Hidden Forces That Shape Our Decisions
Author: Dan Ariely

実験や実例が非常に面白く、興味深い内容の本でした。


●この本を通じてのわたしの目標は、自分やまわりの人たちを動かしているものがなんなのかを根本から見つめなおす手助けをすることだ。~(中略)~ある種の失敗がいかに秩序立っているか-わたしたちがいかに何度も同じ失敗を繰り返すか-がわかるようになれば、そのうちの一部は、どうすれば防げるかが見えてくるだろう。(p.10)

●じつをいうと、この本は、人間の不合理性、つまり、わたしたちがどれほど完璧とはほど遠いのかについて書いている。どこが理想とちがっているのか認識することは、自分自身をほんとうに理解するための探究に必要だし、実用面でも大いに役立つ可能性があると思う。不合理性を理解することは、毎日の行動と決断に役立ち、わたしたちを取りまく状況や、そこで示される選択肢がどのようにつくられているかを理解するうえでも重要になる。もうひとつ、わたしの考えでは、わたしたちは不合理なだけでなく、「予想どおりに不合理」だ。つまり、不合理性はいつも同じように起こり、何度も繰り返される。(p.19)

●ところが、本書がこれから見ていくように、わたしたちはふつうの経済理論が想定するより、はるかに合理性を欠いている。そのうえ、わたしたちの不合理な行動はでたらめでも無分別でもない。規則性があって、何度も繰り返してしまうため、予想もできる。(p.20)

●人間は、ものごとを絶対的な基準で決めることはまずない。ものごとにどれだけの価値があるかを教えてくれる体内計などは備わっていないのだ。ほかのものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する(たとえば、6気筒の車にどれだけの価値があるかわからなくても、4気筒モデルより高いだろうことは想像できる)。(p.25)

●パナソニックの36インチ(690ドル)
東芝の42インチ(850ドル)
フィリップスの50インチ(1480ドル)~(中略)~
だがサムは、それだけでなく、選択肢が3つあると、たいていの人が真ん中を選ぶことも心得ている(飛行機を滑走路の左右の明かりのあいだに着陸させるようなものだ)。では、サムはどのテレビを中間の値段に設定しただろう?はい、ご名答。いちばん売りたいテレビだ。(p.26)

●ラップがこれまでの経験から学んだのは、値の張るメイン料理をメニューに載せると、たとえそれを注文する人がいなくても、レストラン全体の収入が増えるということだ。なぜだろう?たいていの人は、メニューのなかでいちばん高い料理は注文しなくても、つぎに高い料理なら注文するからだ。そのため、値段の高い料理をひとつ載せておくことで、2番めに高い料理を注文するようお客をいざなうことができる(そして、2番めに高い料理からより高い利鞘(りざや)を確保できるよう調整しておくこともできる)。(p.27)
p34の図
●相対性のしくみをさらに理解するために、上の図を見てみよう。右の図には、ふたつの選択肢があり、それぞれちがう特性で優れている。選択肢Aは特性1(仮に品質としよう)で優れていて、選択肢Bは特性2(仮に美観とする)で優れている。このふたつの選択肢はどう見ても大きく異なっていて、どちらかを選ぶのは簡単ではない。では、ここにべつの選択肢、A'を加えたらどうなるだろう(左図参照)。この選択肢は明らかに選択肢Aより劣っているが、同時にAとよく似ていて、比較を簡単にしてくれる。そのうえ、AがA'より優れているだけでなく、Bより優れているような気にもさせてくれる。つまり、おとりであるA'を加えることで、Aとの単純な相対比較ができるようになり、おかげで、Aが、A'に対してだけでなく、ひいては全体のなかでも優れているように見えることになる。そのため、A'を選択肢に含めると、たとえだれもそれを選ばなくても、人々が最終的にAを選ぶ確率が高くなる。(p.34)

●もしあなたが独身で、魅力的なデート相手の候補を一度のイベントでできるだけおおぜいつかまえたいとしたらどうだろう。わたしなら、身体的な特徴がだいたいあなたと同じで(肌の色合い、体つき、目鼻だちが似ていて)、あなたより少しだけ魅力的でない友人(あなた')を連れていくよう助言する。なぜなら、あなたが魅了したい人たちは、まわりに比較できるものがないとあなたを評価するのに苦労するからだ。ところが、もし、おとりの友人である「あなた'」と比較すれば、おとりと比べてだけでなく、もっと広く、まわりにいる人たちと比べても、あなたがすてきに見えるはずだ。不合理に思えるかもしれないが(絶対にそうなると確約できるわけでもないが)、あなたに集まる視線が増える可能性は高い。(p.41)

●給料の多さと幸福感とのあいだに、わたしたちが思っているほど強い関連がない(というより、むしろ関連は弱い)ことは、これまで繰り返し立証されている。研究によれば、「もっとも幸福な」人々が住んでいるのは、個人所得がもっとも高い国ではないこともわかっている。それなのに、わたしたちは、より高い給料を求めてやまない。そのほとんどはたんなる嫉妬のせいだ。(p.44)

●同じように、わたしたちは、2万5000ドルで手に入れた新車のシートを本革張りにグレードアップするのに3000ドル支払うのは平気なのに、本革張りのソファーを新しく買うのに同じ金額を支払うのはためらう(車のなかにいるより、家でソファーにすわっている時間のほうが長いとわかっていてもだ)。(p.48)

●親友のひとりはペイパル(PayPal)の創始者で、何千万ドルもの財産を持っているくらいだ。しかしジェームズは、自分の人生と比較するまわりの円を大きくするのではなく、小さくする方法を心得ている。ジェームズはまず、ポルシェのボクスターを売って、かわりにトヨタのプリウスを買った。(p.49)

●ジェームズは≪ニューヨーク・タイムズ≫紙にこう語っている。"ボクスターの生活を送りたいとは思いません。だって、ボクスターを手に入れたら、つぎは911に乗りたくなりますからね。その911を持っている人たちが何に乗りたがっていると思います?フェラーリですよ"。これは、わたしたちみんなが活用できる教訓だ。人は持てば持つほどいっそう欲しくなる。唯一の解決策は、相対性の連鎖を断つことだ。(p.49)

●無料で何かが手にはいるといい気分になることはだれでも知っている。じつは、値段ゼロは単なる価格ではない。ゼロは感情のホットボタン、つまり引き金であり、不合理な興奮の源なのだ。(p.83)

●無料!のほんとうの魅力は、恐れと結びついている。無料!のものを選べば、目に見えて何かを失うという心配はない(なにしろ無料なのだ)。ところが、無料でないものを選ぶと、まずい選択をしたかもしれないという危険性がどうしても残る。だから、どちらにするかと言われれば、無料のほうを選ぶ。そのため、価格設定の世界ではゼロはたんなる価格とはみなされない。(p.90)

●もっとも聡明で合理的な人でも、情熱のただ中では、自分が思っている自分とは完全にすっぱりと切りはなされてしまうようだ。しかも、ただ自分について誤った予想をするというだけでなく、その誤りの程度が甚(はなは)だしい。(p.143)

●同じように客を誘惑する罠(わな)の例には、「30日間返金保証」というのがある。新しいソファーを買うべきかどうか迷ったとしても、あとで心変わりしてもいいという保証があれば、迷いが吹きとんで、結局は手に入れてしまうかもしれない。わたしたちは、ソファーを家に持って帰った時点で自分たちの見方が変化するだろうことも、ソファーを自分たちのものと考えるようになることも、その結果、ソファーを返すことを損失ととらえるようになることも予想できない。何日かためしに使ってみるために持ち帰るだけだと思っても、実際はソファーの所有者になりつつあり、どんな感情をかきたてられることになるか気づかないのだ。(p.189)

●すでに指摘したように、所有意識によって見方ががらりと変わってしまうからだ。以前持っていた物にもどることが、急にどうしてもがまんできない損失に思えてしまう。そのため、生活の質をあげながら、必要ならいつでも低い生活にもどれるという空想にふけっている。しかし、もどれないのが現実だ。たとえば、もっと小さい家に格下げするのは損失と感じ、心理的な苦痛となる。(p.191)

●現代の世のなかにおいても、わたしたちはすべての選択の自由を残しておくために同じように必死になる。~(中略)~子どもが何に興味をもってもいいように、体操でもピアノでもフランス語でも有機園芸でもテコンドーでも、とにかく思いつくかぎりの習いごとをさせる。高級SUVを買うのも、ほんとうにオフロードを走る気があるわけではなく、もし走ることになったとしたら、車軸と地面のあいだに余裕があるほうがいいと思うからだ。~(中略)~子どもの習いごとの場合、子どもにさまざまな活動を少しずつでも経験させようとするあまり、子どもと自分の時間を-そして、子どもがひとつのことにほんとうに秀(ひい)でる機会を-手放している。わたしたちは、重要かもしれないことのあいだを行ったり来たりしているうちに、ほんとうに重要なことに十分時間を割くことを忘れてしまう。これこそ愚か者のゲームであるのに、わたしたちはこのゲームにひどく熟練しているようだ。(p.193)

●べつの例をあげよう。ある友人は、デジタルカメラを選ぶのに、ほとんどそっくりの2機種のどちらにするかで3か月迷った。友人がようやく一方に決めたとき、わたしは、写真を撮る機会を何度ふいにしたか、どちらにするか決めるためにどれだけ貴重な時間を費やしたか、この3か月のあいだ家族や友人を写したデジタル写真が手にはいるならいくら支払うかと尋ねた。カメラの値段以上だと友人は答えた。あなたにも似たような経験はないだろうか。~(中略)~わたしの友人は撮れずに終わったすばらしい写真のことを考えていなかった。~(中略)~わたしの友人はどちらのカメラを選んでも同じように満足したことだろう。(p.208)

●現実には、医師はいつもプラセボを出している。~(中略)~ウィルス感染の場合、抗生物質はまったくなんの効果もない(そればかりか、わたしたちすべてを脅かす薬剤耐性菌の感染の急増に貢献している可能性もある)。だからといって、あなたがウィルス性の風邪をひいているとき、医師が抗生物質を出さなくなるだろうか。医師は、風邪が細菌性ではなくウィルス性だとわかっていても(しかも、多くの風邪はウィルス性だ)、患者がなんらかの安堵を求めていることをよく承知している。患者はみんな処方箋をもらって帰りたいのだ。この精神的な必要性を満たすのは医師にとって正しいことではないだろうか。(p.253)

●プラセボはマーケティング担当者にとってもジレンマとなる。マーケティング担当者の仕事には、顧客や消費者が感じる価値(知覚価値)を生みだすためにプラセボが欠かせない。客観的に証明できる以上に製品の価値を誇大に宣伝するのは、誇大宣伝の程度によっては、真実の誇張にもまったくのうそにもなる。しかし、これまで見てきたとおり、医療、栄養ドリンク、市販薬などに対して人々が感じる価値は、本物の価値になる場合がある。誇大に宣伝した製品で人々が実際にもっと満足するのなら、マーケティング担当者は、ステーキを売るときにジュージューと効果音をつける以上に悪いことをしていることになるのだろうか。(p.255)

●これまで見てきたように、何百、何千もの人たちが無駄な(しかも危険な)手術を受ける結果になってしまう可能性がある。アメリカでは、科学的に検討した手術手技はほとんどない。そのため、さまざまの手術がほんとうに治癒につながっているのか、それとも、かつての多くの手術のように、たんにプラセボ効果のおかげで有効なのかがはっきりしない。(p.256)

●MITのイラン人学生から聞いた話だが、イランでのビジネスには信頼という基盤がないという。そのため、だれも前払いしないし、だれも信用貸しをしないし、だれもあえて危険を冒そうとしない。人を雇うなら、ある程度の信頼がいまも残っている親族にかぎられる。(p.284)

●「ワードロービング」といって、衣類を購入し、それをしばらく着てから、店に返品するというものだ。衣類は、店側が返品に応じられないほどひどい状態にはなっていないものの、もう一度商品として売るわけにはいかなほど着古されている。ワードロービングをしても、消費者は企業から直接お金を盗むわけではない。ただ、買ったり返したりのごたごたで、はっきりとしないお金のやりとりがおこなわれる。しかし、少なくとも明確な結論がひとつ出ている。ワードロービングによって、衣類業界は年間およそ160億ドルの損失を被(こうむ)っていると推定される(空き巣と自動車盗難による年間被害額に匹敵する)。(p.295)
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