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ニコラス・G・カー著「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」
Author:Nicholas G. Carr
Title: Does IT Matter?

この本は2005年に邦訳され出版された本です。p.122のビル・ゲイツの本(1996年版)からの引用は、まだAmazonや価格.comなどがメジャーになっていない時期のものですから、すごいですよね。ニコラスさんの本は、「クラウド化する世界」も面白かったです。

ちなみにニコラスさんの本「ネットバカ」も前から読んでみたいと思っているのですが、いまだに買っていません。


●情報技術への投資は、企業における資本支出に最大の割合を占めるようになった。そして情報技術は、今日のビジネスのあらゆる経営プロセスに組み込まれている。しかし企業は、IT関連の投資が後に戦略や財務へ及ぼす影響をまともに理解せずに、相変わらず手探りで投資を続けている。本書の目的は、この理解を促すことである。つまり、経営者や技術担当のマネジャー、投資家や政策立案者に、技術と競争力と収益の相互関係を理解するための新しい視点を提供することなのだ。(p.10)

●本書は、私が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の2003年5月号に発表した論文で提示した見解を基に、議論を展開・深化させたものである。「IT Doesn't Matter」というタイトルを付けたこの論文は、情報技術の供給者とユーザーの間で激しい議論が繰り広げられるきっかけになった。(p.11)

●最初に、いくつかの重要な定義をしておきたい。まず、若干あいまいな響きを持つ「情報技術(IT)」という用語である。私は「IT」という用語を、今日一般に理解されていると思われる意味で使っている。つまり、「情報をデジタルの形で保存、処理、伝達する目的で使われるあらゆる技術」という意味である。ここでは、ハードウエアであれソフトウエアであれ、技術そのものを指していることを強調しておきたい。「IT」の意味には、この技術を介して流れる情報や、技術を使う人の才能は含めない。情報と才能がビジネスにおける競争優位の基盤となることは多い。これは昔も今も、将来も変わらない。(p.12)

●また、本書で扱う技術とは、いわゆる先進諸国の企業の内部や複数の企業の間で情報マネジメントに使われる技術である。家庭内でのITの利用と消費財への組み込みは、本書では扱わない。~(中略)~また本書では、一般にITインフラの整備があまり進んでいない新興成長諸国も、対象にしていない。新興成長諸国のITベンダーとユーザーは、本書で明らかにされる先進諸国の経験から多くのことを学ぶことができる。(p.13)

●第6章の「『金食い虫』を手なずける」では、ITのコモディティ化が実際のマネジメントにもたらす意味に目を向ける。そこでは、コストとリスクのマネジメントの重要性を強調しながら、ITへの投資とマネジメントに関する4つの指針を示す。つまり、「支出を抑える」「先頭に立たずに、後からついて行く」「革新はリスクが小さい時に行う」「チャンスよりも脆弱性に目を向ける」の4点である。(p.16)

●コンピュータをビジネスで最初に利用したのは、喫茶店チェーンで有名なJ・ライオンズ社である。英国でケータリング事業を展開していた同社は、1951年に自社製作したメインフレーム・コンピュータを本社に設置した。(p.20)

●ビジネスにおけるコンピュータの使い方は、ホフの発明をきっかけに一変した。1973年には、ボブ・メトカーフがイーサネットを開発したおかげで、LAN(ローカルエリアネットワーク)の結合が可能になった。1975年には、大量生産のパーソナルコンピュータが、初めて市場に現れた。1976年には、ワング・ラボラトリーズ社が文書処理システムを発表したのを機に、オフィスへのコンピュータの導入が進んだ。1978年には、世界初の表計算プログラム「ビジカルク」が発売される。翌年には、世界初のパソコン用ワープロソフト「ワードスター」に続いて、オラクル社がリレーショナル・データベース管理システムを初めて世に送り出した。また、1982年には、TCP/IPが発表された。~(中略)~1984年には、使いやすいグラフィカル・インターフェースを備えたマッキントッシュと、世界初のデスクトップ型レーザープリンタが登場する。1989年には、インターネット上に電子メールが流れ始めるようになった。そして、1990年には、ティム・バーナーズ=リーがWWW(ワールドワイドウェブ)を発明する。1990年代には、企業のウェブサイトとイントラネットが急速に普及した。また、オンライン取引も増加の一途をたどった。(p.20)

●米国商務省経済分析局のデータによれば、米国企業の資本支出に占めるIT投資の割合は、1965年には5%にも達していなかった。しかし、1980年代初頭にパソコンが普及すると、その割合は15%にまで増加した。1990年代の初めには、IT投資の割合が30%を超えるほどになった。さらに、20世紀末までには50%を超えた。(p.22)

●競争相手より優位に立つには、相手が持てないものを所有するか、相手にできないことを実行するしかない。(p.26)

●チョコレートなどの菓子を製造する事業では、19世紀の終わりごろまで、地元にかなり依存する状態が続いた。~(中略)~しかし1880年代末に、菓子の行商人のなかで1人だけ、新しい交通と通信のインフラが大量生産商品の巨大な市場を開きつつあることに気づいた人がいた。ミルトン・ハーシーである。彼は、小さな家族会社であったランカスター・キャラメル・カンパニーを、瞬く間に米国最大の菓子メーカーにまで育て上げた。さらに、同社を売却した資金で、以前よりもはるかに大掛かりな会社を興す。その会社こそ、ハーシー・チョコレート社である。ハーシーは、自分の名を冠した会社の照準を、しっかりと大量市場に合わせていた。そして、成熟期に入った鉄道網と電信システムを活用することで、事業のネットワークを広げていった。キューバでは、自前の鉄道まで作った。島内に所有していた2つの製糖工場と、やはり自前の広大なサトウキビ農園を線路でつないだのだ。またハーシーは、販売促進のために、多くの全国紙や地方新聞、雑誌に広告を出すこともしばしばだった。~(中略)~ハーシーは、大規模な生産方式と全国規模の販売網によって、贅沢品だったチョコレートを安く手に入る大衆の楽しみに変えたのだ。(p.46)

●デルは、創業以来ずっと、コモディティを販売してきた。現に、創業者のマイケル・デルCEOは、ITのコモディティ化を冷静に信じ続け揺らぐことがなかった。これが、彼の才覚を示す最も重要な点である。彼はこう語っている。「どんな技術でも、結局は『低価格』という基準に向かう」。(p.56)

●しかしグーグル社は、既成の部品と古い世代のマイクロプロセッサに、無償のオープンソース・ソフトを使うことでハードウエアを構築した。2002年には、同社のエリック・シュミットCEOの発言が、IT業界に衝撃を与えた。インテルとHPが開発した最新のマイクロプロセッサ「アイテニアム」に飛びつくつもりはないと言うのだ。『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば、シュミットは次のような未来像を描いていたという。「メインフレームとサーバで処理する1980年代、90年代の古い方式に代わって、安い小さなプロセッサをレゴのブロックのように組み立てることで、新世代の巨大なデータセンターを作る」(p.59)

●経営者や従業員にとって、ソフトウエアは、「アイデア」などといった抽象的な概念とは程遠いものである。現実の人間が現実的な結果を得るために、現実にお金を払って購入する現実の製品なのだ。その典型が、アプリケーションのプログラムである。抽象的な概念ではなく、「製品」としてソフトウエアを見てみよう。経済・市場・競争の原理の影響を受ける点では、どんなにありふれた有形の商品とも変わらない。むしろソフトウエアは、実体を持たないことから生じるさまざまな特徴の相乗効果によって、実体のある多くの製品よりもかえってコモディティ化の影響を受けやすい。(p.66)

●ソフトウエアには、規模の経済性がきわめて大きく作用する。まず、プログラムの開発は、膨大なコストを伴う。スキルの高い労働力を擁したうえで、綿密な計画を立て、品質を厳しく管理しなければならない。ずば抜けた調整能力の下に、際限なく試験を繰り返す必要もある。しかし、プログラムの生産には、物理的な制約がほとんどない。そのため、プログラムのコードをいったん書き上げれば、非常に安いコストでのプログラムの複製・流通が可能になる。ほとんどコストがかからない場合も珍しくない。ソフトウエア開発の歴史は、「最大限の規模の経済性を引き出すための絶えざる試み」と捉えることができる。高い開発コストをできるだけ多くのユーザーに負担させることで、コストの回収を目指すからだ。(p.66)

●当時のIBMが恐れたのは、ソフトウエア開発にコストがかかりすぎるあまりに、企業が同社製のコンピュータを買わなくなることだった。そこでIBMは、当時のビジネス用コンピュータの主力機である700シリーズのユーザーグループを組織した。同シリーズを所有する企業を対象にしたユーザーグループは、いみじくもSHAREと名づけられた。その最大の目標は、企業同士がソフトウエアの交換を通じて、IT関連コストの削減を可能にすることだった。(p.67)

●結局マイクロソフトは、不満を持った顧客の求めに応じて、古いソフトをそのまま使い続けられるようにした。「オフィス97」のファイルを「オフィス95」でも開くことができるようにするための変換プログラムを、特別に公開したのだ。つまり、「オフィス」の技術レベルは、たいていの顧客が必要とするレベルを超えたのである。(p.76)

●データベースソフトでは、オープンソースの『MySQL』が、オラクル、IBM、マイクロソフトといった従来型の高価なプログラムのシェアに食い込んでいる。(p.76)

●ITビジネスには創成期から、次のような神話がある。「この業界は決して成熟しない。技術の進歩には限りがない。そして技術革新は、成長と成功を妨げるような障害物をすべてなぎ倒す」。自社のシステムを安いコンポーネントを使って構築したグーグル社のエリック・シュミットでさえ、ITベンダーが21世紀初頭の不況から脱け出す唯一の道を、このように語っている。「壮大な新しいビジョンを描き出すことだ。それはわれわれが最も得意とするところだ」。「永遠の若さ」という感覚は、あくなき起業家精神と熾烈(しれつ)な競争を原動力とするIT業界の神話としてふさわしい。むしろ必要とさえ言えるだろう。しかし、神話は結局神話でしかない。(p.87)

●アメリカン・ホスピタル・サプライ社(AHS)は、「新しい業務プロセスの基盤」としてのITの役割を良く理解していた企業の典型である。AHSは、1922年にシカゴで創業して以来、順調に成長を遂げてきた。そして、医療用品の製造・販売分野で、米国有数の企業になっていた。さらに、1960年代の初めには、情報システムの分野でもパイオニアとなった。当時のAHSでは、同業他社と同様に、セールスマンが病院を回っては製品の注文を取っていた。セールスマンは、1日の営業活動を終えるたびに、注文を注文用紙に記入して本社へ郵送する。本社では、届いた注文書のチェックと仕分けを済ませた後に、注文品の生産・販売に見合った拠点に注文書を届ける。手作業に頼ったこのような受注のプロセスでは、時間と経費がかかった。病院1ヶ所当たりの年間注文件数は、5万件にも上り、購買担当者が10人もいるような病院もあったのだ。コンピュータがビジネスにも普及してくると、AHSはあることに気づいた。電子的な手段によって、自社の販売部門と病院の購買担当者を直接つなげば、旧式の受注プロセスを完全に廃止できる。そのようなシステムは、AHSの経費を大幅に削減するばかりか、顧客へのサービスの向上にも大きく貢献するはずだった。AHSは、このアイデアを試す目的で、ただちに原始的なネットワークを作り上げた。アメリカ西海岸の大きな病院の購買担当部署にIBMのデータフォンを設置し、AHSの配送センターの電話回線にはカードパンチ機を接続したのだ。このシステムでは、病院の購買担当者がコードをパンチしたカードをデータフォンに差し込めば、配送センターで自動的にカードのコピーが作成される。さらに、そのコピーをIBMの請求書作成機に入れることで、納品書と請求書を作成する。システムは成功だった。以前よりはるかに短い時間で、注文を正確に処理できるようになったのだ。そして、200以上の病院が、ただちに同じようなシステムを導入した。1970年代半ばには、この原始的なシステムは進化を重ね、はるかに高度なシステムになっていた。AHSは、その高度なシステムを「自動購買分析システム(Analytic Systems Automated Purchasing)」と呼んだ。ちなみにその略称の「ASAP」には「できるだけ早く(アズ・スーン・アズ・ポシブル)」という含みがある。~(中略)~病院は、このシステムで発注の効率化を図れたので、医療用品の在庫を減らすことができた。さらに、その結果として、経費も節減できたのである。AHSの顧客である病院も、すぐにこのシステムを受け入れた。そして、AHSが専有していたこのシステムは、ライバル企業を事実上病院から締め出すことにつながった。(p.101)

●かねてから予想されたことではあったが、AHSのシステムは、排他的な性質と時代遅れになった技術のせいで皮肉な事態に陥った。つまり、かつての強みが弱点になってしまったのだ。そして同社は、1990年代の初頭に、バクスター・トラベノール社との合併によってバクスター・インターナショナル社になった。(p.103)

●「ひとたび為替相場の変動が始まれば、活発な外国為替市場が生まれる。それとともに、相場や取引情報の迅速な伝達が求められるようになる」。当時のロイターは、このように判断した。変動相場制度に移行すれば、それまでトレーダが使っていた電話やテレックスでは、膨大な情報を必要なスピードで処理できなくなるはずだった。そこでロイターは、「ロイターモニター・マネー・レート」と称する画期的なサービスを携えて、競争に打って出た。銀行や企業、商社などに専用の端末を配置し、自社の管理の下で、「電子市場」と呼べそうな仮想の外国為替市場を作り出したのである。このような専有型のネットワークは、以降の通貨取引を牽引するほどのメカニズムになった。そして、ロイターに莫大な収入と収益をもたらした。(p.105)

●ペレスによれば、「導入期」と「展開期」の間には「ターニングポイント(転換点)」があるという。それはたいてい、「新しい産業とインフラへの投資が株式市場のブームに刺激されてバブルになった」後に、不況という形をとって現れる。バブルの崩壊は、「新しいインフラが整ったこと」と、「新しい技術を使った物事の進め方が『常識』になったこと」を意味している。そうなれば、混沌とした競争状態も一段落する。そしてようやく、あらゆる会社が新しいインフラの恩恵を共有できるような舞台が整うのである。ナスダックの大暴落とその後の不況は、まさにビジネスのコンピュータ化における「転換点」だった。(p.117)

●ビル・ゲイツは自著『The Road Ahead』の1996年版(邦訳『ビル・ゲイツ未来を語る』アスキー、1997年改訂版)で、インターネットは「摩擦ゼロの資本主義」の基礎であると主張している。この新しい商業インフラが、市場を「完全なる自由競争」というアダム・スミスの理想に限りなく近づけるというのだ。ゲイツによれば、インターネットは「究極の仲介者」や「どこにでも存在する仲買人」になるとされる。そうなれば、顧客は製品の価格や特徴や品質を簡単に比較できるようになる。その一方で、製品の供給者側では、さらに激しい競争が起こる。つまり、消費者にとっては夢のような社会が出現するのだ。「世界中の品物を調べたり比較したりできるようになる。特注することさえ可能だ……この世は買い物天国になるだろう」。もっとも、ビル・ゲイツが言い忘れたことがある。消費者にとっての買い物天国は、経営者にとっての地獄ということだ。市場に関して言えば、摩擦とはたいてい「儲け」の別名である。(p.122)

●ITは、企業がさまざまな業務について持っていた従来の優位性を消滅させる。その一方で、顧客にとっては、企業のプロセスと価格が従来よりも分かりやすいものになる。つまりITは、「どんなビジネス戦略をも崩壊させる」という点で、万能溶剤のようなものになろうとしている。長い目で見れば、企業の競争力はおのずと均衡状態に向かうものだ。(p.124)

●デルとウォルマートは、現代の企業で、長期にわたって成功を収めている模範例である。この2社の事例を見れば、賢明な戦略を立てることの重要性が良く理解できる。両社とも、ITを巧みに利用してきた会社だけに、「両社の競争優位の基盤は技術にある」とされがちだ。しかし、両社を注意深く観察すれば、競争優位の源泉が技術そのものにはないことが分かる。周到なビジネス計画を徹底的に実行することによって、それぞれの業界で大きな地位を占めることに成功したのである。(p.125)

●この概念を最も熱心に提唱するのが、カナダ人経営コンサルタントのドン・タプスコットである。彼は、「『商取引の基本単位』としての独立採算企業はもう終わりである」とまで言っている。そして、ポーターの論文「Strategy and the Internet」に応えるべく、「Rethinking Strategy in a Networked World」という論文でこう論じている。「将来は、ビジネス戦略を立てる時に、『統合体』としての企業に目を向けることはなくなるだろう。『会社』という単位を基準に価値を創造したり、役割を課したり、組織の内外での管理の対象を決めたりすることが」なくなるのだ。その代わりに基準になるのは、顧客価値である。(p.132)

●コンサルタントのラリー・ダウンスとチュンカ・ムイは、『Unleashing the Killer App』というベストセラーのなかで、この点をさらに簡潔に表現している。「本当の意味での『摩擦なき経済』では、恒常的な組織としての企業は必要ない」(p.132)

●市場を利用すれば、商品やサービスを購入するのに実際に支払う価格以外に、さまざまなコストが発生する。ある業務を外部の企業に委託することを決めたら、多くのことをしなければならない。候補企業を探して評価することから始まり、条件を定めての契約書の作成、委託先企業との共同作業による意思決定や問題解決、委託先企業の業績に対する監視などを行う必要がある。失敗した場合のリスクも引き受けなければならない。しかし、自社の従業員を使ってこのような業務を社内で賄えば、委託取引のコストを減らすかゼロにすることができる。したがって、企業がそのような業務を取り込んで組織を拡大するのは、社内で賄う場合のコストが、外部に委託する場合のコストの総額よりも安く済む時であろう。概して、社外の企業との取引コストが上昇すれば、企業の規模は大きくなりがちだ。逆に、取引コストが低下すれば、企業の規模が小さくなるという傾向が見られる。(p.133)

●ITマネジメントに詳しいハーバード・ビジネススクールのアンドリュー・マカフィー准教授は、「情報技術によって、市場を利用するコストが、社内で業務を進めるコストより『高くつく』場合もある」とまで主張している。彼によれば、「将来の効率化の鍵は、サプライチェーンや流通システムの管理といった複雑で高度に自動化された垂直型の業務プロセスを、いかにうまく調整するかにある」という。そのように調整するためには、プロセス、データ、情報システムを徹底的に標準化しなくてはならない。(p.135)

●カリフォルニア大学バークレー校で経済学を研究するハル・バリアン教授は、コースの概念をテーマに、優れた論文を書いている。「自分の会社を成功させるうえで、特定の供給業者が必要であれば、社内に取り込んで直接管理した方が良い。会社の外部に置いたままなら、業者が自社と違った目標を持つかもしれないのだ」。外部の業者に委託した方がコストが安くついても、委託しない方が良いこともある。企業戦略におけるリスクが、経費節約の効果を上回るかもしれないからだ。(p.136)

●このような見解は、テクノロジー万能主義者の考え方に見られがちな欠点を露呈している。ビジネスと情報処理を混同したり、会社を事実上コンピュータとみなしたりするという傾向だ。その一方で、企業の物理的な特徴や、人間的な側面を見落としたり軽視したりしている。これらは、デジタルコードに変換できない。ネットワーク経由で「公表」したり、「透明化」したりすることは不可能なのだ。このような歪んだ認識から導かれるのは、次のような結論である。「会社も、コンピュータのように、『モジュール』として柔軟で広範なネットワークの構成要素になれる。また、なるべきだ」。しかし、標準化されたモジュールになることは、たいてい「コモディティ」になることを意味する。それは、ITインフラの歴史が証明している。簡単に接続できるものは、切断するのも簡単なのだ。結局のところ、標準化で「モジュール」になった会社は、独自の特徴をほとんど持たなくなる。(p.137)

●要するに経営者は、業務提携やアウトソーシングの可能性を検討する時に、まず自社の利益を考えなければならないのだ。賢明な会社なら、安易な専門化やモジュラー化に抵抗するだろう。長期にわたる真の成功の基盤になる、複合的な優位性が損なわれる可能性を認識しているからだ。その代わりに、賢明な会社はITインフラを利用しながら、自社の経済力や戦略優位を強化するようなビジネス関係を築く。それと同時に、提携のパートナーに対しても、大きなインセンティブを与えようとするだろう。(p.138)

●現実に大成功を収めている経営者たちが、このような学問上の区別に無関心であるのは無理もない。しかし彼らは、「業界で有利な地位に就くこと」と「社内のユニークな能力を活用すること」の両方が、成功をもたらす戦略に欠かせないことを直感的に知っている。自社の内外にある資源を、目的に応じて絶えず調整しなければ、ビジネスでの成功はおぼつかないことを理解しているのだ。(p.140)

●鉄道網の麻痺から3年後、カリフォルニア州では多くの企業が同じような災難に見舞われた。今度の犯人は、鉄道システムではなく、電力供給網だった。同州では、規制緩和政策が性急な投機を誘発したために、電力不足と電力料金の高騰が起こった。州内の電力会社は、計画停電の実施で電力需要を調整せざるを得なくなった。その結果、カリフォルニア州内の企業は、大混乱に陥ったのである。企業の損害は数億ドルに達し、操業停止に追い込まれるメーカーも出てきた。(p.144)

●今日では、鉄道や電力は正常に機能するのが当たり前になっている。そのため、しっかりした危機管理計画を持っている企業がほとんどなかったのだ。企業は、その活動が自らの力が及ばない技術インフラのうえに成り立っていることを思い知らされた。このような事態に遭遇しても、なすすべがなかったのだ。さらにこの経験から、インフラ技術の進化のパターンから学ぶことができる教訓のなかで、最も重要と思われる点が浮き彫りになった。「市場競争に必要な資源が企業戦略で重要でなくなった場合には、その資源がもたらす利益よりもリスクの方が重要になる」。(p.144)

ITコンサルタント・調査会社のスタンディッシュ・グループが行った1995年の調査では、IT関連プロジェクトの失敗が、驚くほど高い確率で起きていることが明らかになった。同社が調査したのは、ITシステムの導入に関する8000件以上のプロジェクトである。調査では、開始当初の予算の範囲内で、当初のスケジュールや設計通りにシステムが完成したプロジェクトを「成功」と評価した。その結果、調査対象のプロジェクトのうち、「成功」と言えるプロジェクトは16%しかないことが分かった。プロジェクト自体が中止された事例は、全体の3分の1近くにのぼった。残りの事例では、予算を超過したり、完成が遅れたり、設計通りにシステムが完成しなかったりした。年間売上高が5億ドル以上の大企業に至っては、平均以下の結果しか出ていなかった。「成功」と言えるプロジェクトが、全体の9%にすぎなかったのだ。また、IT関連のプロジェクトは、失敗の程度が大きくなることが多い。予算を超過した事例では、ほとんどのプロジェクトで、当初予算を50%以上超過していた。しかも、当初予算を100%以上超過していたプロジェクトは、およそ4分の1に達している。当初のスケジュール通りに完成しなかった事例では、当初の予定期間の2倍以上の時間がかかったプロジェクトが48%に達した。当初予想の3倍以上の時間を要したケースも、12%あった。システムが完成したものの、期待通りの結果を出せなかった事例のうち、30%は設計の半分以下の性能しか発揮できなかった。また、最初からやり直さなければならなかったプロジェクトは、全体の94%を占めた。何度も振り出しに戻った事例すらあったのだ。(p.146)

●スタンディッシュ・グループは、1998年に追跡調査を実施した。その調査では、ある程度の改善が見られたものの、全体の成績は相変わらず芳しくなかった。確かに、「成功」と認められるプロジェクトの割合は、26%に上昇していた。しかし依然として、中止になった事例(28%)や、期待通りの効果が得られなかった事例(46%)の方が多かった。会計事務所のKPMGが1998年に実施した別の調査では、さらに悪い結果が出た。調査対象の1450社のうち、「IT関連プロジェクトの完成が期限より遅れた」と回答した企業の割合が、全体の4分の3にのぼったのだ。しかも、「当初の予算をかなり超過した」と答えた企業は、全体の半数を上回った。さらに、失敗した100件のプロジェクトを分析したところ、予算を50%以上超過した事例が87%に達することが分かった。(p.148)

●今、企業に求められるのは、なるべく早く失敗率を大幅に下げることだ。IT関連のプロジェクトはリスクが大きいため、企業の収益性に寄与し続けるほどの競争力を生む可能性が減る傾向にある。それを考えれば、効率や安定性、信頼性、安全性といった平凡だが基礎的な要素に、ベンダーもユーザーも力を注ぐことが欠かせない。言い換えれば、IT関連のマネジメントに対して、保守的なアプローチを取る時期が来たのだ。インフラが成熟に向かうなかで成功するのは、反射的に技術革新を追い求めるあまりに、背伸びをするような会社ではない。地に足をつけた計画を立てたうえで、その計画を着実に進める会社が成功するのだ。(p.148)

●ハーバード・ビジネススクールのジェームズ・マッケニー名誉教授が、メインフレーム時代のコンピュータ技術を評した有名な言葉は、今も生きている。「情報技術は『金食い虫』であり続けるだろう」。(p.149)

●ゼネラルモーターズ社(GM)のラルフ・ジジェンダCIOも、巨額のIT支出を大胆に削ってきた。~(中略)~成果を上げていないシステムを整理・統合したほか、IT関連業務の多くを社外の業者に委託した。その結果として、2002年末の時点で、GMには社内プログラマーが1人もいなくなった。プログラミング業務を完全に社外へ委託したために、同社に残ったIT関連スタッフは、1800人だけになった。彼らの大半は今、管理業務にあたっている。(p.154)

●多くの企業がIT投資に走ったのは、「先発者としての利益を確保したい」、あるいは「競争から落ちこぼれたくない」という理由からだった。特に1990年代末には、インターネットブームに「2000年問題」とユーロの導入が重なったことから、こうした風潮が顕著だった。当時のビジネス雑誌は、経営者たちを煽る記事を載せ続けた。「最新のシステムを導入しなければ、あなたの会社はビジネス史のゴミ箱行きだ」と脅した。この合唱にITベンダーもコンサルタントも加わった。2001年の2月になっても、シスコのジョン・チェンバーズCEOは企業のIT担当者である聴衆を前に、まだこのようなことを言っていた。「インターネットはすべてを変えてしまう。世界中のあらゆる企業は変革期にある。10年後には電子取引による企業以外は消えてなくなっているだろう」。そして、経営者は「技術の変化を『波』と捉える必要がある」という。「先頭に立つ企業は、常に1つか2つ先のアプリケーションやサービスの波に乗っている。鈍い会社は波1つか2つ分、遅れをとっている」と。同じ会議での別の講演では、コンサルタント会社のプライスウォーターハウスクーパースの幹部が、さらに熱弁を振るっていた。「戦いは変わってきている。企業は、正確に狙いを定めたうえで、方向転換を急ぐ必要がある。そうしなければ負ける。それも完膚なきまでに……二番手戦略はありえないのだ」こうした掛け声は、マーケティングには役に立った。しかしそれは、ほとんど言葉だけだった。ごく少数の例外を除けば、「ITへの投資が貴重な優位性をもたらす」という希望にも、「投資をしなければ衰退する」という恐れにも根拠がないことが分かった。(p.159)

●「時間をかけてフェデックスを模倣する」というUPSのアプローチは、成果を上げこそすれ、害をもたらさなかった。~(中略)~今日では皮肉なことに、UPSが扱うインターネット取引の貨物の量は、かつて技術革新ではUPSをしのいでいたフェデックスよりも、はるかに多くなっている。収益でも、UPSがフェデックスを上回っている。ITでは、カメがウサギに勝つことが多いのだ。(p.161)

「ITへの投資を惜しむと競争力に響くのではないか」と恐れる経営者がいるかもしれない。だが、心配することはない。企業のIT関連支出に関する多くの研究はどれも、多額の支出をしてもめったに業績に反映されないことを示している。実際には「逆効果」と言ってもよいくらいだ。コンサルティング会社のアリニアン社が、米国の大企業7500社を対象に、IT関連支出と財務成績を調査・比較したことがあった。その結果として、業績が上位の会社は、IT関連支出が最も少ないグループに多いということが分かった。(p.161)

●フォレスター・リサーチ社による最近の研究でも、IT関連支出と業績には何の関連も見出されなかった。(p.162)

●マッキンゼー・グローバル・インスティチュートは、経営コンサルティング会社であるマッキンゼーの社内シンクタンクである。このシンクタンクでも、情報技術が企業の業績に与える影響について、大規模な研究を行っている。3年を費やしたこの研究では、米国、ドイツ、フランスを対象に、業界レベルと企業レベルでIT関連支出と事業の生産性を調査した。この研究でも、IT関連投資と業績には「まったく相関関係が見られなかった」。そこで分かったことは、「1990年代に生産性を押し上げた真の原動力は競争だった」ということだ。(p.162)

●ポール・ストラスマンは、IT関連マネジメント界の長老の一人である。~(中略)~ストラスマンは、2001年末に『フィナンシャル・タイムズ』紙でのインタビューで、「収益とITの間に相関関係はない」と語っている。~(中略)~オラクル社のラリー・エリソンCEOは、技術を売り込むことにかけては、IT関連業界屈指のセールスマンである。その彼でさえ、2002年のインタビューでこう認めている。「ほとんどの企業は(ITに)金を使いすぎている。しかし、見返りはわずかしか得ていない」(p.163)

●ウォルマートは2003年に、大口納入業者100社に対して、2005年1月までに同社向けに出荷するすべての箱と荷台にRFIDのタグを導入するよう求めた。小売業界に君臨する同社が導入に動けば、RFID技術が業界標準になるという可能性が高まる。1970年代にバーコードが普及した時と同じだ。現に、ウォルマートはRFIDのコモディティ化を急いでいる。RFIDをすべての消費財メーカーと小売業者が使うインフラに組み込みたいのだ。ウォルマートの動きは、企業の戦略として、2つの点で理にかなっている。まず挙げられるのは、競争力となり得る新しい技術をコモディティにしてしまえば、ライバル企業がその技術を戦略上の武器にする意味がなくなるという点だ。つまり、ライバルが対抗策を取る余地がなくなるのだ。第2の点は、小売業界全体の生産性が底上げされた場合に、ウォルマートがさらに大きな分け前にあずかりうる立場にあることだ。同社は、規模・コストの両面で、業界のトップに立っているからだ。しかし、本当の理由は別にある。ウォルマートは、RFIDに相当の資金を投じている。それでも、新しい技術の導入コストは、納入業者がほとんど負担することになるはずだ。AMRリサーチ社の研究によれば、ウォルマートの要求に応えるには、メーカー側は20億ドルにのぼる支出をしなければならないという。AMRの研究者は、「今の時点では、恩恵を受けるのは主としてウォルマートである。そのコストを負担するのは業者である」と見ている。ウォルマートは、コストを業者に押しつけることで、リスクを負わずに先発者の利益を得ることができるのだ。強大な市場支配力を利用して、どう転んでも損をしない状況を作り上げたのだ。(p.165)
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