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山本七平著『「空気」の研究』
この本、1983年(昭和58年)に書かれたものです。読み終わったのは、たしか昨年の夏です。

●驚いたことに、「文藝春秋」昭和50年8月号の『戦艦大和』(吉田満監修構成)でも、「全般の空気よりして、当時も今日も(大和の)特攻出撃は当然と思う」(軍令部次長・小沢治三郎中将)という発言がでてくる。この文章を読んでみると、大和の出撃を無謀とする人びとにはすべて、それを無謀と断ずるに至る細かいデータ、すなわち明確な根拠がある。だが一方、当然とする方の主張はそういったデータ乃至根拠は全くなく、その正当性の根拠は専ら「空気」なのである。従ってここでも、あらゆる議論は最後には「空気」できめられる。最終的決定を下し、「そうせざるを得なくしている」力をもっているのは一に「空気」であって、それ以外にない。これは非常に興味深い事実である。(p.15)

●「せざるを得なかった」とは、「強制された」であって自らの意志ではない。そして彼を強制したものが真実に「空気」であるなら、空気の責任はだれも追及できないし、空気がどのような論理的過程をへてその結論に達したかは、探求の方法がない。(p.17)

●元来日本の農民は、戦争は武士のやることで自分たちは無関係の態度(日清戦争時にすらこれがあった)だったのだが、農民徴募の兵士を使う官軍側は、この無関心層を、戦争に「心理的参加」させる必要があった。従って、戦意高揚記事が必要とされ、そのため官軍=正義・仁愛軍・賊軍=不義・残虐人間集団の図式化を行ない、また後の「皇軍大奮闘」的記事のはしりも、官軍は博愛社により敵味方を問わず負傷者を救う正義の軍の宣伝もはじまった。いわば、日中国交回復に至るまでの戦争記事の原型すなわち「空気醸成法」の基本はすべてこのときに揃っているのである。(p.46)

●いままで「空気」の研究の素材に主として海軍と公害を取り上げてきたが、こういう結果になったのは、この2つが、「科学的なデータ」と「醸成された空気」との誤差が非常にわかりやすいからだ、という理由にすぎず、この2つが空気支配の典型だというわけではない。これらの部門は、元来、専門家が科学的根拠だけで決定すれば、「大過ない」決定になるはずだが、それさえ結局、全く奇妙な「空気」の決定になっている。こうなると、これらより格段に「データ」と「空気」の誤差がわかりにくい部門となると、「意思決定はすべて空気に委ねる」が、「それが何らかのデータに基づいているように見せる」のが実情であっても不思議ではない。(p.52)

●海軍にも国際性があったわけだが、同じように科学上のデータにも「国際性」がある。従ってその国際的基準を基に日本の決定を再検討すれば、「空気の決定」の実態が明らかになる。しかしタテマエとしては日本における基準の決定はあくまでも「科学的根拠」によるのであって「空気」によるのではないことになっているから、外国からその科学的根拠を問われると、だれも返答できないことになってしまう。(p.53)

●私が「遺影デモ」に関心をもったのは、これをもしイスラム圏、その中でも特に「影像禁止」が徹底しているサウジアラビアで行なったら、どういう結果になるであろうと考えたからである。影像禁止とか偶像禁止とかいうイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の一部にある考え方の基本は「物質はあくまで物質であって、その物質の背後に何かが臨在すると感じてこれから影響をうけたり、それに応対したり、拝礼したりすることは、被造物に支配されてこれに従属することであるから、創造主を冒涜する涜神罪だ」という考え方が基本になっている。(p.67)

●この伝統は西に向うほど一見、弱くなる。アラビアはアラベスクしかなく、マルク・シャガールが出るまでユダヤ人には造型美術家はいないが、キリスト教世界には、影像はいくらでもある。もっともそのキリスト教世界のローマン・カトリックとギリシャ正教との分裂は、影像問題に端を発しており、この両教会でも、対象への臨在感的把握の絶対化すなわち偶像礼拝は「罪」である。また初代キリスト教徒が、従来のギリシャ・ローマ美術に対して行なった偶像破壊の跡は、いまにして見れば「科学的」どころか恐るべき「蛮行」としか見えない。(p.68)

●一体これはどういうことなのか。一言でいえばこれが一神教(モノティズム)の世界である。「絶対」といえる対象は一神だけだから、他のすべては徹底的に相対化され、すべては、対立概念で把握しなければ罪なのである。この世界では、相対化されない対象の存在は、原則として許されない。これについては後述するが、この相対化が徹底している世界、いわば旧約聖書の世界などは、一見つきあえそうに見えて、半世紀近くつきあっていると、「こりゃ、到底つきあいきれないのではないか」と思わざるを得ないほど、徹底的に相対化しているのである。これでは"空気"は発生しえない。発生してもその空気が相対化されてしまう。そして相対化のこの徹底が残すものは、最終的には契約だけということになる。(p.69)

●一方われわれの世界は、一言でいえばアニミズムの世界である。この言葉は物神論(?)と訳されていると思うが、前に記したようにアニマの意味は"空気"に近い。従ってアニミズムとは"空気"主義といえる。この世界には原則的にいえば相対化はない。ただ絶対化の対象が無数にあり、従って、ある対象を臨在感的に把握しても、その対象が次から次へと変りうるから、絶対的対象が時間的経過によって相対化できる-ただし、うまくやれば-世界なのである。それが絶えず対象から対象へと目移りがして、しかも、移った一時期はこれに呪縛されたようになり、次に別の対象に移れば前の対象はケロリと忘れるという形になるから、確かに「おっちょこちょい」に見える。だがこの世界では、「おっちょこちょい」に見える状態でないと、大変なことになってしまうはずである。簡単にいえば、経済成長と公害問題は相対的に把握されず、ある一時期は「成長」が絶対化され、次の瞬間には「公害」が絶対化され、少したって「資源」が絶対化されるという形は、「熱しやすくさめやすい」とも「すぐ空気(ムード)に支配される」とも「軽佻浮薄」ともいえるであろうが、後でふりかえってその過程を見れば、結構「相対化」したような形になりうる世界である。それは良くいえば、その場その場の"空気"に従っての「巧みな方向転換」ともいえ、悪くいえば「お先ばしりのおっちょこちょい」とも言えるのであろうが、見方によってはフランス語の新聞が日本のオイルショックへの対処を評したように「本能的」とも見えるであろう。(p.69)

●われわれの社会は、常に、絶対的命題をもつ社会である。「忠君愛国」から「正直ものがバカを見ない世界であれ」に至るまで、常に何らかの命題を絶対化し、その命題を臨在感的に把握し、その"空気"で支配されてきた。そしてそれらの命題たとえば「正義は最後には勝つ」「正しいものはむくわれる」といったものは絶対であり、この絶対性にだれも疑いをもたず、そうならない社会は悪いと、戦前も戦後も信じつづけてきた。そのため、これらの命題まで対立的命題として把握して相対化している世界というものが理解できない。そしてそういう世界は存在しないと信じ切っていた。だがそういう世界が現実に存在するのである。否、それが日本以外の大部分の世界なのである。(p.71)

●たとえば義なる神が存在するなら「正義は必ず勝つ」という命題がある。この命題は相対化できそうもないが、しかし彼らは言う、「では、敗れた者はみな不義なのか。敗者が不義で勝者が義なら、権力者はみな正義なのか」と。「正しい者は必ず報われる」という。「では」と彼らは言う、「報われなかった者はみな不正をした者なのか」と。これは後述するように『ヨブ記』の主題だが、彼らのこの言い方は、聖書だけでなく、あらゆる方面に広がっている。「正直者がバカを見ない世界であってほしい」「とんでもない、そんな世界が来たら、その世界ではバカを見た人間は全部不正直だということになってしまう」「社会主義社会とは、能力に応じて働き、働きに応じて報酬が支払われる立派な社会で……」「とんでもない、もし本当にそんな社会があれば、その社会で賃金の低い報酬の少ない者は、報酬が少ないという苦痛のほかに、無能という烙印を押されることになる」(p.75)

●ただ重要なことは、彼らが空気の支配を徹底的に排除したのは、多数決による決定だったことである。少なくとも多数決原理で決定が行なわれる社会では、その決定の場における「空気の支配」は、まさに致命的になるからである。そして致命的になった類例なら、今まであげてきたように、日本には、いくらでもある。(p.76)

●多数決原理の基本は、人間それ自体を対立概念で把握し、各人のうちなる対立という「質」を、「数」という量にして表現するという決定方法にすぎない。日本には「多数が正しいとはいえない」などという言葉があるが、この言葉自体が、多数決原理への無知から来たものであろう。正否の明言できること、たとえば論証とか証明とかは、元来、多数決原理の対象ではなく、多数決は相対化された命題の決定にだけ使える方法だからである。(p.77)

●これは、日本における「会議」なるものの実態を探れば、小むずかしい説明の必要はないであろう。たとえば、ある会議であることが決定される。そして散会する。各人は三々五々、飲み屋などに行く。そこでいまの決定についての「議場の空気」がなくなって「飲み屋の空気」になった状態での文字通りのフリートーキングがはじまる。そして「あの場の空気では、ああ言わざるを得なかったのだが、あの決定はちょっとネー……」といったことが「飲み屋の空気」で言われることになり、そこで出る結論は全く別のものになる。(p.77)

●従って飲み屋をまわって、そこで出た結論を集めれば、別の多数決ができるであろう。私はときどき思うのだが、日本における多数決は「議場・飲み屋・二重方式」とでもいうべき「二空気支配方法」をとり、議場の多数決と飲み屋の多数決を合計し、決議人員を2倍ということにして、その多数で決定すればおそらく最も正しい多数決ができるのではないかと思う。(p.77)

●戦争中の連合軍側の捕虜の死亡率は、ドイツ・イタリアの収容所では4パーセント、日本の収容所では27パーセント、それだけでその苛烈さが明らかだが、その中でも特にひどかったといわれるのが、タイ・ビルマ国境のクワイ川の死の収容所だが、ここの記録を調べても、またマニラのサン・トマス収容所を調べても、英米人捕虜の中に暴力機構が発生し同胞をリンチにかけたという記録はない。またソヴィエトの収容所のドイツ人捕虜には、ロシア人の権威を笠に着て同胞をリンチにかけた例はないという。(p.110)

●私が「公害問題」に関心をもつのは、実は、この点なのである。もしかりに-これはあくまでも仮定の話だが、「カドミウムはイ病に無関係」と証明されたらどうなるのか。今までの治療も予防もやめて、別の原因を探求して対策を立てねばならぬはずである。これは医学的に見れば、過去にいくらでもあったことである。人類の歴史とは錯誤の歴史だから、そのこと自体は少しも不思議ではない。前述のように結核もかつては遺伝だと信じられ、あの家は結核の家系だなどといわれもした。また、カルシウムを連続的に注射すれば病巣が石灰化(?)して治癒するとかいわれ、私もそういった注射をずいぶん打たれた経験がある。いま親しい医師にきくと、それは全く無駄なことだったそうである。(p.149)

●そしてわれわれは常に、あらゆる問題において、この「何かの力」をどこかに感じている。それはさまざまな言葉の端々に表われ、しばしば「……問題」という形で表現されている。たとえばある種の外交交渉が、国内で「政治問題と化した」と言われる場合、その表現には、「"何かの力"が作用して、この問題は純粋な外交交渉として合理的に解決することは不可能になった」の意味だと人びとは受けとる。(p.152)

●ただ問題は、この秩序を維持しようとするなら、すべての集団は「劇場の如き閉鎖性」をもたねばならず、従って集団は閉鎖集団となり、そして全日本をこの秩序でおおうつもりなら、必然的に鎖国とならざるを得ないという点である。鎖国は最近ではいろいろと論じられているが、その最大の眼目は、情報統制であり、この点では現在の日本と、基本的には差はない。(p.162)

●ここまで読まれた読者は、戦後の一時期われわれが盛んに口にした「自由」とは何であったかを、すでに推察されたことと思う。それは「水を差す自由」の意味であり、これがなかったために、日本はあの破滅を招いたという反省である。従って今振りかえれば、戦争直後「軍部に抵抗した人」として英雄視された多くの人は、勇敢にも当時の「空気」に「水を差した人」だったことに気づくであろう。~(中略)~「竹槍戦術」を批判した英雄は、「竹槍で醸成された空気」に「それはB29にとどかない」という「事実」を口にしただけである。(p.170)

●これは舞台の女形を指さして「男だ、男だ」と言うようなものだから、劇場の外へ退席せざるを得ない。そしてこれらの言葉=水の背後にあるものは、その人も言われている人も含めての、通常性的行動を指しているわけだから、この言葉は嘘偽りではなく事実なのだが"真実"ではないと言うことになるわけである。この行き方が日本を破滅させたということは、口にしなくても当時はすべての人に実感できたから、「水を差す自由」こそ「自由」で、これを失ったら大変だと人びとが感じたことも不思議ではなかった。(p.170)

●空気と水、これは実にすばらしい表現と言わねばならない。というのは、空気と水なしに人間が生活できないように「空気」と「水」なしには、われわれの精神は生きて行くことができないからである。その証拠に戦争直後、「自由」について語った多くの人の言葉は結局「いつでも水が差せる自由」を行使しうる「空気」を醸成することに専念しているからである。(p.172)

●"ファンディ"は根本主義者(ファンダメンタリスト)へのやや軽侮を含んだ略称であることは前述した。では根本主義(ファンダメンタリズム)とは何なのか。これは日本人にとって最も理解しにくく、従って「目をつむって避けてしまう」プロテスタントの一面であり、そのため根本主義(ファンダメンタリズム)についての解説書はおそらく日本には皆無であろう。日本で知られているその一面は、前述の進化論裁判(モンキー・トライアル)、すなわち「聖書の教えに反するから進化論を講ずることを州法で禁止する」といった考え方が出る主義ということである。(p.183)

●非論理的な言葉の積みかさねが映像的に把握され、人がこれを臨在観的に把握してそれに拘束される場合があり、その典型的な例をあげれば黙示文学である。黙示文学といっても日本ではヨハネ黙示録しか知られておらず、それもほとんど読まれずかつ研究もされていないが、これは簡単にいえば、ある種の「言葉の映像」を順次に読者に提供していくことによって、ある状態に読者を拘束してしまう文学だと言ってよい。そしてこれに拘束されると、人は、たとえ論理的に論破されても心的転回を起さず、そのままでは確実に殺されることを論証されても態度を変えずに殉教してしまうわけである。黙示文学にはしばしば神話的手法がつかわれ、この方向から見れば、戦前の歴史教科書は、「神話を事実として教えた」というより、一種の黙示文学と考えた方が合理的で、これに拘束された人は、たとえ日本の破滅を論証しようと、そのまま進めば死しかないと証明されようと、それによって態度を変えなくて不思議ではないのである。(p.214)

●人は、論理的説得では心的態度を変えない。特に画像、映像、言葉の映像化による対象の臨在観的把握が絶対化される日本においては、それは不可能と言ってよい。カドミウムが"カドミウム"である者に対して、カドミウムが金属であることを論証しても、同じような手法でお札(ふだ)が紙であることを論証しても、御真影も遺影デモも紙と印画紙と印刷インキであることを論証しても、それは1冊の本もまた紙と印刷インキであることを論証するのと同じように無力なのである。(p.216)
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