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Author:zuKao
飛行機好き (Favorite:Airplane)
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中島聡著「おもてなしの経営学」 |
著者の中島さんはWindowsとInternet Explorerの設計者だった。当然、マイクロソフトの社員だった。そしてビル・ゲイツとも一緒に働いていた。でも、この本の副題は「アップルがソニーを超えた理由」。結局、成功するには何が必要なのかを問いかけてくれる一冊だと思う。
●技術を極めた先にあるもっとも大切な差別化要因が、実は機能の豊富さや知的財産ではなく「おもてなし」である、というのが本書のテーマである。(p.4)
●私の知り合いにiPod nanoを持って以来、強烈なアップルファンになった人がいるが、彼に言わせると、iPod nanoを持って最初に感動したのがシリアル番号が金属ケースに彫り込まれていることだったという。〜(中略)〜この手のことを一般には「こだわり」と呼ぶが、ものづくりにおける「こだわり」には2種類あるので、その違いには十分注意を払うべきである。作るほうの自己満足のための「こだわり」と、使う人の満足度をとことん上げるための「こだわり」だ。(p.31)
●この時代にいちばん必要なのは「ビジネスのことがわかる技術者」であり、「ITのことがわかる経営者」である。これから何が必要とされて、次に何をしなければならないかをしっかりと「時代の流れ」をとらえて読む力が、この業界で生き抜くためには不可欠なのだ。(p.76)
●米国のマイクロソフト社で働くようになって最も強く感じたのは、日本にごく少数しかいない「ビジネスのことがわかる技術者」「ITのことがわかる経営者」がたくさんいることだ。「アップル社と戦うためにはこんな商品戦略が必要」とビジネス戦略の話をしていた連中が、次の日には「次世代OSのアーキテクチャはこうあるべき」と、思いっきり技術的に突っ込んだ話をしているのだ。(p.77)
●私は4年ほど前、ひょんなことから韓国のサムスン電子の携帯電話の開発研究所で、50人ほどの若手開発者の前で講演する機会に恵まれたのだが、そのときにいちばん驚いたのは誰もが英語を流暢に話せること。〜(中略)〜「こんなにすごい開発者がそろっているサムスン電子と戦って日本の企業は大丈夫なのだろうか」と本気で心配になったのをよく覚えている。(p.82)
●米国のベンチャー企業と日本のベンチャー企業の最大の違いは、日本のベンチャー企業が「まずは国内で実績を作ってから海外に進出」と考えるのに対して、米国のベンチャー企業は最初から世界に向けたものづくりをしている点にある。(p.103)
●46歳になる私だが、2007年9月からシアトルにあるワシントン大学のビジネススクールに生徒として通うことになった。Excecutive MBA Program(EMBA)という働く人たちのためのコースで、1ヵ月に3日間ほどの集中講義を受ければ2年でMBAが取得できるというものである。そもそもMBAというものが数年間、実務経験を積んだ人たちがその経験を元に経営学を学ぶものであるのだが、このEMBAは最低でも15年の実務経験を積んだ社会人のためのコースだ。(p.107)
以下、古川亨氏との対談「私たちがマイクロソフトを辞めた本当の理由」より
●古川:確かにビル・ゲイツの決断力はすごい。どんなに膨大なリソースを投入していても、間違いに気づいたら即時にストップしちゃう。採択を迫られたときに迷わない。相手の言っていることのほうが正しいと認めさせるまでにビル・ゲイツを説得するのはたいへんなエネルギーがいるけど、認めたとたんに「俺が悪かった」と皆の前で言うからね。(p.180)
●中島:マイクロソフトを辞めた直接のきっかけは、1999年頃のパワーポイントの添付ファイルの話なんですよ。メールに添付して送られてきても、パワーポイントがないと開けない。それはおかしいと僕は言ったんです。データ自体が自分をどう表示するかという情報をXMLのメタデータとして持っていれば、独自のアプリなんて必要なくなる。データをインテリジェントにすれば最低でも表示が可能になるんだから、その方向に進むべきだと。そしたら「それではパワーポイントが売れなくなる」と言われて、それを聞いて辞めようと思った。もう技術者としてこの会社ではやれない、と。(p.189)
以下、梅田望夫氏との対談『「ギーク」「スーツ」の成功方程式』より
●中島:僕はソニーを見ていてものすごくイライラしていたんです。出井さんには2002年頃に何度かお会いしたことがあります。出井さんは、とにかくネットワークでつながったデバイスで何かをしなければいけないと危機意識を感じていたけど結局、エンジニアの人たちが動かなかった。でも彼らは、今にしてみればiPodやiTunesは俺たちが作りたかった、と言っているんですよ。(p.235)
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