zuKao


プロフィール

zuKao

Author:zuKao



最近の記事



最近のコメント



カテゴリー



月別アーカイブ



リンク

このブログをリンクに追加する



菊澤研宗著「戦略の不条理」
戦争論とかも出てきて、少々小難しい内容の本でした。ちなみに、一番印象に残ったのはp.187の以下の記述でした。
『また、心理面に関しても、ナポレオンが率いる兵士たちは満足していました。彼は、気軽に兵士に声をかけることを忘れなかったのです。感動した兵士たちは、ナポレオンのことを「ちびの伍長」と呼んで親しみ、彼に忠誠を誓っていました。』



●ところで、世界で最初に戦略の概念を使用したのは『孫子』(前5世紀半ば~前4世紀半ば)だと言われています。そして、ヨーロッパでは、クセノフォン(前430頃~前345頃)が軍隊の指揮を意味する「STRATEGOS」、「STRATEGIA」という言葉を用い、これが「戦略(Strategy)」の語源になったと言われています。(p.11)

●歴史的に展開されてきた戦略思想を眺めてみると、物理的世界観のもとに、軍事の世界で強者の戦略論を展開したのは、名著『戦争論』で有名なカール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)です。(p.12)

●ここで、戦略の不条理とは、特定の世界ではきわめて適合的で合理的な行動をしているのですが、別の世界ではまったく不適合となっているために淘汰されてしまう「合理的不適合」と呼びうる不条理な現象のことを言います。(p.16)

●『孫子』とは、武経七書の1つに数えられている兵法書です。著者についてはいろいろと議論されてきましたが、現在では孫武(そんぶ)という中国の春秋時代の思想化ではないかと言われています。『孫子』は、孫武がいったん書き上げた後、後継者たちによって徐々に内容が書き加えられていったために肥大化し、その後、曹操(そうそう)によって整理され、現行のかたちになったとされています。(p.26)

●ただし、ポーターはコスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略の両立は難しいと主張しました。というのも、そこには経済的なトレードオフが存在するので、コスト優位と差別化優位をともに追及すると、いずれの効果も中途半端になってしまうからです。ポーターはこれを「Stuck in the Middle(中途半端はダメ)」とし、このような企業はえてして失敗例になってしまうと主張しました。~(中略)~しかも、やがて業界内のすべての企業が2つの戦略を併用するようになり、ここでも2つの戦略を両立させることは難しいというポーターの主張は成立しませんでした。このような事実から、企業の戦略行動は環境によって決定されるのではなく、実は企業内部にある固有の資源、つまり遺伝子のようなものにもとづいて決定されているのではないかという議論が登場してくるわけです。(p.103)

●ポーターの主張に反して、低価格戦略と差別化戦略は同時に可能だというのが、最近注目されているW・チャン・キムとレネ・モボルニュによって展開されているブルー・オーシャン戦略です。(p.106)

●以上のことから、もし消費者がいま使っている製品に対してある程度満足しプラスの心境にあるならば、たとえ物理的により安くより優れた新製品が販売されたとしても、消費者はこの新製品へ移行しない可能性が高いと言えます。それは一見、非合理的な行動に見えますが、実は心理的観点からすると非常に合理的な行動となるのです。前章でも挙げた、非効率的な配列といわれているコンピュータのQWERTY配列も、その配列をめぐって何かマイナスの事態が発生しなければ、たとえより効率的な配列が新たに登場したとしても、人々はそれに乗り換えようとはしないでしょう。それは、物理的観点からすると非合理的ですが、心理的観点からすると合理的な行動なのです。(p.141)

●日本のメーカーA社と、日本の部品メーカーB社との間に取引があるとします。B社は納期を必ず守り、品質も優れているため、A社はB社に全幅の信頼を置いています。しかし、部品1個当たりの値段は比較的高いものとしましょう。こうした状況で、ある日、東南アジアの見知らぬ部品メーカーC社から、B社の部品単価よりもはるかに安い値段で供給できるという打診があったとします。A社はB社との取引を継続すべきでしょうか。それとも単価の安いC社と新規契約をかわすべきでしょうか。~(中略)~このように、たとえC社の部品の単価がB社のそれより安くても、C社との取引で発生する「取引コスト」があまりにも大きいとイメージされた場合、A社はB社との取引の継続を選択することになるでしょう。それは、物理的世界の観点からすると、非合理的な選択に見えるかもしれませんが、知性的世界の存在である取引コストをイメージすれば、それはきわめて合理的な選択による行動であるといえるのです。(p.165)

●また、心理面に関しても、ナポレオンが率いる兵士たちは満足していました。彼は、気軽に兵士に声をかけることを忘れなかったのです。感動した兵士たちは、ナポレオンのことを「ちびの伍長」と呼んで親しみ、彼に忠誠を誓っていました。(p.187)

●戦いを終えたナポレオンは、国民軍の兵士たちにこう訓示しました。「兵士たちよ、我々の祖国の幸福と繁栄のために必要なことがなされたときには、私は諸君をフランスへ帰すであろう。国民は諸君の帰還を喜ぶであろう。そして、諸君は"アウステルリッツの戦いに加わっていた"と言いさえすれば、こういう答えを受けるであろう。"ああ、この人は勇士だ!"と」。そして、このアウステルリッツの戦いの勝利を記念して建設されたのがフランスの凱旋門なのです。(p.193)

●これまで物理的世界、心理的世界、そして知識や権利などの知性的世界が実在するという多元的世界観にもとづいて議論を展開してきました。そして、この世界観に立つと、軍事戦略論の王道と言われているクラウゼヴイッツの戦略論は物理的世界を対象とするものであり、それゆえ他の2つの世界が変化した場合、この戦略論に従う人々や組織は合理的に淘汰されてしまう、すなわち「戦略の不条理」に陥る可能性があることを明らかにしてきました。(p.208)

●ハンニバルやナポレオンが失敗したように、ひたすら硬直的に3つの世界にアプローチしているだけでは、3つの世界のどれか1つでも変化した場合に適応できなくなり、合理的に淘汰されてしまうからです。つまり戦略の不条理に陥ってしまうからです。したがって、『孫子』の兵法で繰り返し述べられているように、3つの世界への立体的アプローチを水の流れのように絶えず変化させる必要があります。(p.209)

●正当化でもなく否定でもない、クリティカルな議論を展開するには、組織のメンバーと議論を展開することが必要です。クリティカルな議論を展開するということは、一見、簡単そうに思えるかもしれません。しかし、肯定でもなく否定でもなく、どこまでが正しくどこまでが正しくないのか、その限界を確定するような議論を展開するのは実は非常に難しいことです。というのも、このような議論を展開するためには、組織のメンバーが、カントの言うところの啓蒙された人間、つまり自律的行動をとることのできる人間でなくてはならないからです。(p.222)

●以上のようなカントの道徳論的な人間観にもとづくと、もし組織のメンバーが他律的な行動しかとれないような未成年状態にある人間ばかりならば、そのような組織ではクリティカルな議論はできません。リーダーが大声を出して暴力的に脅したり、お金で釣ったりすると、メンバーはそれに従って簡単に言いなりになってしまい他律的な行動しかできなくなってしまうのです。そのような未成年状態の組織では、リーダーの意見に賛成するしかありません。~(中略)~そして、失敗したときには、「直接上司に命令されたから」とか「同僚がみんなやっていたから」などと言って責任を回避することになります。このような行動は、人間にとって非常に楽な行動なので、どうしても未成年状態を脱しきれないのです。~(中略)~このように、他律的な人間の組織ではクリティカルな議論ができないので、誤りを指摘することができず、それゆえ誤りを排除できず、変化のない硬直的な組織となります。それは、一見安定した組織に映るでしょう。しかし、実際には変化する環境との溝が拡大していくことで、最終的には世界から見放され、淘汰されてしまう運命にある組織なのです。(p.226)
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック