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ナシーム・ニコラス・タレブ著「ブラック・スワン(上)」
Author: Nassim Nicholas Taleb
Title: The Black Swan

タイトルや帯、そして目次を見て面白そうだなぁ、と思って買った本ですが、頭がこんがらがるような表現が多かったです。この本の前に読んだ「戦略のパラドックス」に続き、キーワードは「不確実性」です。ちなみに本の副題は「不確実性とリスクの本質」です。



●オーストラリアが発見されるまで、旧世界の人たちは白鳥と言えばすべて白いものだと信じて疑わなかった。経験的にも証拠は完璧にそろっているように思えたから、みんな覆しようのないぐらい確信していた。はじめて黒い白鳥が発見されたとき、一部の鳥類学者(それに鳥の色がものすごく気になる人たち)は驚き、とても興味を持ったことだろう。でも、この話で大事なのはそういうところではない。この話は、人間が経験や観察から学べることはとても限られていること、それに、人間の知識はとてももろいことを描き出している。何千年にもわたって何百万羽も白い白鳥を観察して確認してきた当たり前の話が、たった一つの観察結果で完全に覆されてしまった。そんなことを起こすのに必要なのは、黒い(それに、聞いたところだとかなり醜い)鳥がたった一羽、それだけだ。~(中略)~この本で黒い白鳥(ブラック・スワン)と言ったら、それはほとんどの場合、次の三つの特徴を備えた事象を指す。第一に、異常であること。~(中略)~第二に、とても大きな衝撃があること。そして第三に、異常であるにもかかわらず、私たち人間は、生まれついての性質で、それが起こってから適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったことにしてしまったりすること。ちょっと立ち止まって、この三つ子の特徴をまとめてみよう。普通は起こらないこと、とても大きな衝撃があること、そして(事前ではなく)事後には予測が可能であることだ。(p.3)

●この本が主として扱うのは、人間にはランダム性、とくに大きな変動が見えないという問題である。科学者の連中もそうでない人たちも、やり手の人も凡人のジョーも、どうして木を見て森を見ないのだろう?どうして人間はどうでもいい細かいことばかり気にして、重要で大きな事件が起こる可能性は気にならないのだろう?(p.5)

●社会保障制度の赤字だの石油価格だのを30年先まで予測するとき、来年の夏にそういった数字がどうなっているかさえ、自分たちがろくに予測できないのを忘れている。政治や経済に起こることを読み誤り、そうした予測の誤りが山のように積み重なっている。~(中略)~そして驚きなのは、予測の間違いの大きさではなくて、私たちがそれに気づいていないことのほうだ。(p.8)

●歴史に接すると人間の頭には三つの症状が出る。私は不透明の三つ子と呼んでいる。具体的には次のとおり。
a わかったという幻想。世界は実感するよりずっと複雑(あるいはランダム)なのに、みんな何が起こっているか自分にはわかっていると思い込んでいる。
b 振り返ったときの歪み。私たちは、バックミラーを見るみたいにして、後づけでものごとを解釈する(歴史は、人が経験する現実よりも、歴史の本で読んだほうがわかりやすい)。
c 実際に起こったことに関する情報を過大評価する。~(以降、省略)(p.36)

●世界最高の名門にして世界の歴史上もっとも強力な国でも一流のビジネススクールの一つに、もっとも強力な企業のお偉方がやってきて、何をして生活しているのかを語っていく。私がそこで気づいたのは、そんな彼らも何がどうなっているのかわかってないかもしれないということだ。実際のところ、かもしれないどころじゃないと思った。人類の知識に関するうぬぼれがどこまでひどいか、私は背筋にまで感じた。(p.51)

●そういうわけで私はクウォンツとトレーダーの業界にい続けた(今もいる)。仕事は最小限に抑えて、でも働くときは、力いっぱい技術的なことに集中して、ものすごく(楽しみながら)働いた。仕事の「会議」には決して出ず、本を読まない「出世頭」の連中やスーツを着た連中を避け、三年に一回長期休暇をとって科学と哲学の教養を取り戻した。(p.57)

●世の中の仕事は、仕事量を増やさなくても稼ぎを何桁も増やせる仕事と、仕事量と仕事時間(どちらも供給には限りがある)を増やさないと稼ぎが増えない仕事、つまり重力に縛られた仕事に分けられるのだ。(p.69)

●もう一つ、もっと最近の1998年、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)という金融投資会社(ヘッジファンド)が、ほとんど一瞬のうちに破綻するという出来事があった。同社は二人の「ノーベル賞受賞経済学者」が持つ手法とリスクの専門知識を利用していた。学者二人は「天才」と呼ばれていたが、実のところ、ベル型カーブに頼ったインチキ数学を使っているだけで、自分ではそれを偉大な科学だと思い込み、同時に、金融業界全体をまとめてボンクラの集まりに変えてしまった。史上最大のトレーディング損失がほとんど瞬きするぐらいの間に起こった。(p.93)

●経験的思考は、苦のない、自動的、素早い、無意識的(使っていることを自分で意識していない)、並行処理可能、情緒的、そして誤りを犯しやすい、そんなシステムだ。私たちはこれを「直観」と呼んでいる。素早く思い切った行動に出るときに働くのがこのシステムだ。マルコム・グラッドウェルのベストセラー『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』で有名になった。(p.156)

●私たちの直観は非線形なことには向いていない。経過と結果が強く結びついている原始的な環境にいたころの私たちの生活を考えてみよう。喉が渇いたなら、飲めば十分満たされる。そこまで原始的な環境でなくても、たとえば橋や石づくりの家を建てるとき、仕事をすれば目に見える成果が得られる。絶えず目に見える手ごたえが感じられて、あなたの気持ちも支えられる。~(中略)~私たちの情緒の仕組みは、因果が線形である場合向けに設計されている。たとえば、毎日勉強すれば、勉強量に比例して何かが身につくだろうと期待する。~(中略)~でも、今の現実では、線形で前へ進み続けて満足させてくれる進歩なんてありがたいものはめったにない。ある問題について一年間考え続けて、結局何もわからないなんてこともある。それでも、何も得られなかったことにがっかりしてあきらめてしまわなければ、ある日突然何かがわかるのだ。(p.166)

●実際のところ、幸福はいい気分の強さより、いい気分になった回数のほうにずっと強い影響を受ける。心理学者たちはいい気分になることを「ポジティブ感情」と呼んでいる。言い換えると、いいニュースはとりあえずいいニュースだ。どれだけいいかはあんまり関係がない。だから、楽しく暮らすには小さな「ポジティブ感情」をできるだけ長い間にわたって均等に配分するのがいい。まあまあのいいニュースがたくさんあるほうが、ものすごくいいニュースが一回だけあるよりも好ましいのである。(p.171)

●危険な症状を招く可能性のある病気から大勢の人を救える薬があるとする。ただ、この薬で亡くなる人がいくらか出る危険性もある。しかし、それを差し引いても社会全体で利益のほうが大きいとしよう。医者はこの薬を処方するだろうか?そんなインセンティブはない。副作用の被害者の弁護士が猟犬みたいに医者を追いかけまわし、一方、薬で命を救われた人たちの利害は誰も代弁してはくれないだろう。救われた命は統計だ。副作用が出た人は語れるお話になる。統計は見えない。お話は目立つ。同じように、黒い白鳥のリスクも見えないのである。(p.206)

●問題は、私たちの思いつきはまとわりつくということだ。いったん仮説を立てると、私たちはなかなか考えを変えられない。だから仮説を立てるのは先延ばしにしたほうがいい結果になる。弱い証拠にもとづいて意見を決めないといけない場合、後から自分の意見に対立する情報が入っても、私たちはそれをうまく解釈できない。新しい情報のほうがどう見てもより正確であっても、だ。(p.259)

●おかしかったのは、私が書いた『まぐれ』2001年9月11日の一週間前に出版されたときだ。この本には飛行機がオフィスに突っ込む可能性の話が出てくる。そうして私は「どうやってあんな事件が起こるのを予測したか」話せなんて言われることになった。予測なんかしていない。まぐれでそういうことになっただけだ。(p.275)

●「賢者とは、将来に起こることが見える人のこと」とよく言う。でもたぶん、賢者とは、遠い将来に起こることなんか見えるもんじゃないと知っている人のことだ。(p.290)
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