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トーマス・フリードマン著「レクサスとオリーブの木(下)」
Author: Thomas L. Friedman
Title: THE LEXUS AND THE OLIVE TREE
Sub Title: Understanding Globalization

この本は、昨年12月に上巻を読みましたが、今回はその続き「下巻」です。1800円の本をブックオフで105円にてGETしました(少々薄汚れていました)。

T・フリードマンの本は、「フラット化する世界」もそうだったのですが、すごく面白い話が満載です。書き方(翻訳のせい?)も堅苦しくなく非常に読みやすいです。

ちなみに原本は1999年に書かれたものですが、p.205に記された日本に関する一節は、失われた十年を経過した、まさに現在の日本に合致する部分が大きいと思いました。またp.267の一節は、アメリカという国をうまく表現したものだと思います。



●1999年の半ばの時点で、マクドナルドを有する任意の二国は、それぞれにマクドナルドができて以来、互いに戦争をしたことがない。~(中略)~今日、中東で戦争になる恐れが大きいのは、どこだろう?イスラエルとシリアのあいだ、イスラエルとイランのあいだ、イスラエルとイラクのあいだ。では、マクドナルドがない中東三カ国は?シリア、イラン、イラクだ。(p.8)

●このデータを武器に、わたしは"紛争防止の黄金のM型アーチ理論"を提唱する。当理論では、ある国の経済が、マクドナルドのチェーン展開を支えられるくらい大勢の中流階級が現われるレベルまで発展すると、そこはマクドナルドの国になる、と規定する。マクドナルドの国の国民は、もはや戦争をしたがらない。むしろ、ハンバーガーを求めて列に並ぶほうを選ぶ。(p.9)

●さて、コソボ後の時代においては、もはや、マクドナルドを有する二国は互いに戦争をしたことがない、と言いきることができない。だが、黄金のM型アーチ理論の根底にある統合の論理と威力は、今でも変わらず強力だ、と言いきることはできる。~(中略)~そこで、コソボの現状と、疑いなくその将来像と思えるものを踏まえて、黄金のM型アーチ理論を修正しよう。マクドナルドの国の国民は、もはや戦争をしたがらない。むしろ、ハンバーガーを求めて列に並ぶほうを選ぶ-"そして、これを無視する指導者や国民は、自分が思ったよりもはるかに高い代価を払うことになる"。(p.15)

●1997年の秋、わたしはイスラエルを訪れていた。和平プロセスは最悪の状態だったが、たまたま目に入った新聞のビジネス欄の記事では、イスラエルへの対外投資がこの上なく堅調だと報じていた。~(中略)~今日のイスラエルは、オレンジ、ダイアモンド、織物という古い経済から、ハイテク経済に向かって急速に移行しているおかげで、アラブの政治的圧力、テロ行為、排斥運動、和平プロセスの浮き沈みに対して、ある意味で、以前よりもかなり強くなった。(p.26)

主要なアメリカのハイテク企業は、どこもみな、イスラエルに支部を持っているか(インテルが、15億ドルほどかけてチップ工場を設けたばかりだ)、イスラエルのコンピュータ企業を部分所有している。日本は、これまでずっとアラブの報復を恐れてイスラエルを敬遠してきたが、今や、イスラエルのベンチャー・キャピタルへの投資額が、アメリカに次いで二番めに大きい。そして、ソフトウェア設計に弱いことから、現在、イスラエルのソフトウェア会社を片端からあさっている。~(中略)~なぜなら、経済的見地からすると、今日のイスラエルは、サウジアラビアよりも大きなエネルギー輸出国だからだ。つまり、イスラエルは、ソフトウェア、チップ、そのほかのハイテク革新技術を輸出することによって、今日の情報経済の動力源を輸出しているのであり、どの国もみな、イスラエルのパレスチナ人に対する仕打ちはさておいて、その動力源を欲しがる。~(中略)~1998年、中国は52人の科学者を、イスラエルの有名なワイツマン科学研究所に送り込んで研究させている。インドも同じく52人。1970年代にはイスラエルに近づこうとしなかった二国が、今や、イスラエルへ自国の科学者を送りたくてたまらないのだ。(p.27)

●歴史的に見て、中東には、ふたつの河川流域大国がある。ナイル河畔のエジプトと、チグリスとユーフラテス河畔のイラクだ。わたしは、21世紀に、第三の河川流域大国が出現すると信じている。ヨルダン河畔のイスラエルだ。イスラエルは、ヨルダンとパレスチナを牽引するハイテク原動力となるだろう。すでにシーメンスは、イスラエルのハイファ近くに設けた工場、シーメンス・データ・コミュニケーションズと、西岸のラマッラーという町に設けたパレスチナ人システム・エンジニアのチームを、ドイツのシーメンス本社と結んでいる。これは、ほんの始まりにすぎない。(p.30)

●思うに、最も重要なフィルターは、"グローカル化する(グローバルとローカルを併せた造語)"能力だ。わたしが定義する健全なグローカル化とは、ある文化がほかの強力な文化に遭遇した際、自分の文化に自然になじんで豊かにしてくれるような影響は吸収して、まったく異質なものは阻み、異質だが異質なものとして楽しみ味わえるものを選り分ける、という能力だ。グローカル化の目的は、グローバル化のいろいろな側面を、自分たちの国や文化を打ちのめさない方法、これらを成長させたり、より多様化させたりするような方法で、取り入れることにほかならない。(p.72)

●ワシントン・ポストが1998年6月から連載している、ミシガン州フリントのゼネラル・モーターズに関する記事は、亀の窮状を余すところなく読者に伝えた。「過去20年で、GMはフリントの従業員を7万6千人から3万5千人にまで減らした。今後数年のうちに、さらに1万1千の職がなくなるだろう・・・・・・アメリカ国内の労働力のうち、GMは過去20年で雇用総数を22万3千に減らし、それによって29万7千時間分の労働を削減した・・・・・・これらの作業の一部は、より作業効率がいいとか、経費が少なくてすむとかいう理由で、カナダとメキシコに移された。だが大部分の従業員は、単に機械に置き換えられたのだ」(p.118)

イランはインターネットが盛んな国で、彼らのものの見かたを反対側の世界へ送る道具と考えている。~(中略)~マレーシアではマハティールが、CNNを通じて世界じゅうに意見を発信している。地雷禁止運動はインターネットから始まった。グローバル化は、そういったことを社会の発展から取り残された人々のために行なえる。グローバル化は一方通行だと訴えるのは間違っているし、わたしたちはその複雑さを認識しなくてはならない。(p.145)

●サイプレス・セミコンダクタの最高経営責任者、T・J・ロジャースは、外国人技術者に割り当てられる就労ビザの数に、米議会が制限を設けたことについて、このように不満を漏らしている。「情報化時代において、勝者と敗者の分かれ目は、知力の差になるだろう。~(中略)~わが社の副社長10人のうち、4人が移民だ。技術者のうち、移民は約35パーセントを占める。わが社の改良型チップのほとんどを設計してきた研究担当の副社長は、キューバ出身だよ」国内の仕事において、自国出身の技術者だけに頼りたいか、それとも、世界の上位10パーセントの技術者を活用できるようにしたいか。アメリカは、ただ一国、後者の方法を実践している。日本、スイス、ドイツといった国々は、移民を受け入れる伝統がないせいで、かなり不利な立場に追い込まれるだろう。(p.155)

●インテルの副社長エイブラム・ミラーは、こう語っている。「日本人にはわかるまい。同質性に、重点を置いているのだから。同じものを大量に作っていたころは、日本人は世界の権威であったし、われわれは同質性をすばらしい才能だと誤解していた。だが、今の世界は、同じものが大量に求められているのではない。すべての人が違うものを求める世界においては-すべての人に[そのニーズと特殊な事情に応じて]ぴったり合うものを作る技術にかけては-アメリカが抜きんでている」(p.157)

●日本経済はこれまでずっと、資本主義というよりもはるかに共産主義的だった。ウォールストリート・ジャーナルの技術コラムニストであるウォルト・モスバーグは、こういう言いかたを好む。「日本は世界で最も成功した共産主義国だ」それどころか、世界でただひとつ、共産主義が実際に機能した国だった。~(中略)~冷戦時代、日本は、自由民主党という政党ただひとつに支配されていた。自民党に統治される一方で、ロシアや中国と同じようにノーメンクラトゥーラ(特権階級)、つまりエリート官僚によって牛耳られていた。このエリート官僚が、資源の配分先をしばしば決定していた。日本の報道機関は信じられないほど従順で、おおやけに政府に操作されているわけではないものの、もっぱら政府に誘導されていた。~(中略)~この従順な国民は長時間勤務を受け入れ、その見返りに生活水準の向上と、終身雇用契約と、ある程度の生活の安定を手に入れていた。(p.203)

●結局は、もし日本が永久に沈滞した状態を逃れたいのなら、ちょうど中国やロシアがそうしたように、日本経済の共産主義的な部分を"民営化"しなくてはならないだろう。~(中略)~わたしは、日本がふたたび恐ろしいほどの経済力を持つだろうと信じて疑わないが、それは社会、政治、および文化の面で、痛みを伴う適応を遂げたのちに限られる。次のような、日本のちょっとした伝統を見てみるがいい。現在の日本では、ほとんどすべての上場企業の役員は-例えばソニーのような、最先端のアメリカ化された企業は除いて-当の企業の現役もしくはOBの経営幹部たちから成っていて、株主はほとんど発言力を持たない。独立した社外取締役は、日本には存在しないと言っていい。このような近親交配ともいえるシステムでは、きたるべき十年間に求められるスピードで、変革を推し進めて創造的破壊を行なえるはずがない。~(中略)~アメリカは、その文化的な規範-柔軟性と透明性-と、グローバル化システムが最も重んじるビジネス規範-柔軟性と透明性-が、ぴったり符合している社会だ。日本には、そのような符合は見られない。あるのは、秘密主義的で不透明な文化と、柔軟性のないことで知られるシステムだ。(p.205)

●グローバル化が歪められやすいことの、もうひとつの理由は、そのおもな推進力は貿易ではなくて技術だということを、人々が理解していないせいだ。以前ニューヨーク・タイムズのワシントン支局には受付係がいたのだが、会社は彼女の仕事をなくしてしまった。受付係はメキシコ人に仕事を奪われたのではなく、マイクロチップ-支局の電話すべてにボイスメール機能を付与したマイクロチップ-に仕事を奪われた。(p.236)

●レクサスとオリーブの木のバランスをとることは、あらゆる社会が日々取り組まなければならないことだ。~(中略)~全盛期のアメリカは、市場、個人、共同体に必要なものを何から何まですっかり有している。だからこそ、全盛期のアメリカは、単なるひとつの国ではないのだ。~(中略)~月に行くことを恐れない国でありながら、リトルリーグを理由に帰宅したがる。サイバースペースと裏庭でのバーベキューの両方を、インターネットと社会的安全ネットの両方を、証券取引委員会とアメリカ自由人権協会の両方を作り出した国なのだ。これらの相克は、アメリカの中心をなすもので、どちらかがもう一方より優っていると決めることはできない。(p.267)
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