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堺屋太一著『「大変」な時代』
この本は1995年に出版されたものです。読もうと思ったきっかけは、以前読んだ「グローバルリーダーの条件」に引用されていた為です。約15年前の本なのですが、今読んでも大変ためになります。

例えばp.121の空港事情などは、最近話題の内容そのものです。また、p.137の任天堂の話は、今考えればWiiそのものといった気さえします。



●冷戦構造が終焉した今、アメリカは「西側陣営のリーダー」でも「世界の秩序形成者」でもなくなった。これからのアメリカは、「普通の大国」として自国の利益を追求する方向に傾くだろう。したがって、日本の防衛や通商が、アメリカの負担によって有利に運ぶこともなくなるに違いない。これからの日本は、国際摩擦や安全保障の問題を自らの負担と責任で解決しなければならなくなるわけである。(p.20)

●避けがたい若年人口の減少にしても、気楽さとおもしろさを生み出す余地をつくる要因ともなりうる。子どもが減れば、国民社会全体の教育負担は軽減する。人口が増えなければ住宅を増やす必要もない。住宅が増えなければ、都市を広げる苦労も、道路や地下鉄を延ばす費用も必要ではない。~(中略)~生活の質の向上ぐらいは、利用の高度化、効率化で十分まかなえるはずである。つまり、経済が「うつむき加減」になり、国際社会での責務が増え、若年人口が減少するということは、より多くの選択の自由と今を楽しむ余裕が、この国に生じることでもある。(p.23)

●現代の世界の基本は、イギリス(およびそれを引き継いだアメリカ)で形成されたアングロ・サクソン系のシステムだが、その中でドイツが貢献したものは、健康保険と幼児教育と大衆旅行だという。この3つの分野には今も多くのドイツ語が残っている。医者の国際語は長くドイツ語だったし、幼稚園のことはアメリカでもキンダーガーデンという。幼稚園がドイツで生まれて、ドイツ式の幼児教育が理想とされた名残りである。健康保険を世界最初につくったのもビスマルク時代のドイツだった。(p.47)

●規格大量生産の現場に適した人材(労働力)とは、辛抱強く、協調性が高く、個性や独創性がない人材である。昭和以降の日本の教育は、辛抱強くて協調性が高く、均質的な技能と知識と価値観を持ち、個性と独創性のない人間を、いかに大量に育てるかに集中してきた。(p.75)

●日本企業の旅費・交通費総額は約14兆円、アメリカの民間企業のそれが約1千億ドルというから、円にすれば約9兆円だ。日本は人口が半分であるにもかかわらず、旅費・交通費がアメリカよりずっと多い。これには東京一極集中の非効率も作用しているが、やっぱり集団的意思決定に参加するための出張費が相当に多いのではあるまいか。(p.95)

●「高齢化」という言葉は私が『団塊の世代』(文春文庫)という小説で使ったものだが、これが出版された77年当時は、まだ一般には通用していなかった。ところが、翌78年の正月に朝日新聞が「高齢化社会」と題する連載を始めたことで、一般にも使われる熟語となった。(p.102)

●ところが、95年からは様相が変わった。20歳人口が94年をピークとして、猛烈な勢いで減少し始めるのである。94年に満20歳を迎えた人の数は206万人。これがピークで、大げさにいえば、日本歴史における「若者が多い最終の年」となりそうだ。(p.103)

●ヨーロッパでは、都市のサラリーマンは主として借家住まいで、家族の増減や勤務場所の変化によって簡単に転宅する。一方アメリカでは、住宅の売買が容易なため、子どもができれば大きな住宅に移り、高齢者になれば小さい住宅に住み替わる。これに対して日本では、住宅売買の手間と費用とが大きく、転宅をむずかしくしているから、家族の数が多く、社会的活動も活発な中年時には窮屈な暮らしになり、老後は広い住宅に寂しく暮らす、という現象が起こっている。(p.114)

●日本では、空港の建設が一県一空港といった国内での分布論だけで考えられており、国際競争を考慮した駅勢論的な発想は存在しない。今や世界の航空業は自由化が進み、空港も便利さと安さを競う時代になった。その中で日本だけが、のうのうと<コスト+適正利潤=価格>の官僚統制的発想で着陸料等をつり上げているため、急速に日本は世界の航空路の支線になりつつある。(p.121)

●現在、日本全国の18都市がソウルの金浦(キンポ)空港につながっており、ソウル経由で外国へ行く人が非常な勢いで増えている。空港使用料の高さや航空運賃の統制強化を続けていると、日本人旅行者ですら成田空港や関西空港へ行かないで、各地方空港からソウル経由でヨーロッパやアメリカへ行くのが一般化する可能性もある。韓国側でもそれを意識してか、ソウル近郊に滑走路4本を持つ仁川(インチョン)空港の建設に入った。中国の上海でも滑走路4本の浦東(プートン)空港が計画されている。(p.122)

●欧米に広がる階層分化をさらに徹底させそうなのが、本社機構の縮小運動である。欧米の大企業では、これまで工場労働者はレイオフしても、本社従業員のホワイトカラーは減らさなかったが、1993年から本社機構の縮小も始まった。今、アメリカやドイツで盛んに研究されているのが「本社百人体制」だ。巨大企業でも本社は百人で十分である。給与計算も会計事務もできる限り外注に出して、より低賃金の労働力を利用する。情報システムを徹底的に活用して、中間管理職を減らしていく。そうしなければ、低賃金と、エレクトロニクスと、国際的流動性資金を利用する東アジアやメキシコの製造業とは競争できない。~(中略)~成熟化社会とは、技術の進歩と組織の変革によって、中間管理職と熟練工のいらなくなる社会なのだ。(p.129)

●18世紀にイギリスで始まり19世紀に欧米諸国に広がった産業革命は、人間の筋肉を蒸気機関に置き換えたが、今、進行している知価革命は、人間の知識と経験と規律の習慣をコンピュータに置き換えている。(p.131)

●任天堂の山内溥社長は、こんなことをいっている。「自分のところでは明治以来トランプをつくっているけれども、<次世代トランプ>ができたためしがない。トランプとしては、今の形状材質が最高のハードウェアだ。たとえ人々の所得が十倍に増えたとしても、消費者が喜こんで買うような<次世代トランプ>は出現しないだろう」あの厚さ、あの大きさ、あの印刷状態、あのすべり方が、トランプとしては最高なのだ。花札は現在の花札が最高なのであって、あれ以上に良質のものをつくる必要はない。~(中略)~同様に、コンピュータ・ゲームも、今のゲーム・ソフトを前提とする限り、現在のゲーム機が一つの最高の形状を達成しているのかもしれない。これから32ビット、64ビットと高級品が出るだろうが、それが売れるかどうかは、現在のゲーム機とは違った楽しみを見つけ出せるか否かにかかっている。(p.137)

●日本人は、現在の日本の社会を自由経済と考え、日本の企業がこの国でやっていることを自由競争と信じてきた。しかし、世界からは、日本は自由経済の社会ではないし、日本の企業は(少なくとも日本国内では)自由競争を行ってもいない、と見られている。アメリカやアジア諸国の政治家や経営者が、日本を非難する最大のポイントは、この点にある。(p.144)

●日本型の官僚管理下での業界協調体制による「規制された競争」とはまったく逆の、完全な自由競争を理想としているのがアングロ・アメリカの社会だ。これをスポーツにたとえるとすれば、「プロレス」になるだろう。プロレスはおそらく、大相撲とは対極にある競技だろう。まず第一に、プロレスでは、競技団体がいくつでもできる。~(中略)~したがって、誰でも参入できる。~(中略)~第二には、官僚機構によって定められた「様式」というものがほとんどない。~(中略)~一定の反則さえも、観客の人気があれば認められる。~(中略)~ただし、この世界はすべてが情報公開される。嘘も、反則も、演出も、観客の合意で行われなければならない。そして第三に、何よりも大事なのは、誰がメインイベンターになるか、誰が最高のギャラをとるかは、観客動員数つまり消費者の選択によって決まることだ。~(中略)~観客動員の自信さえあれば、自ら団体をつくり、独自に興行を行うこともできる。その代わり、どんなに権威があろうが、どれほど伝統があろうが、観客が来なくなったらすぐ潰れてしまう。もちろん、選手個人も終身雇用に甘えることはできない。(p.152)

●ところが、十年ほど前に、UWFという格闘技の新団体が誕生し、大規模興行とビデオテープの販売で黒字となり、テレビ放送しなくても興行が成り立つことを証明した。(p.153)

●今日、日本で消費者の払う入場料だけで成り立っているエンターテインメントは、歌謡曲と漫才とプロレスの三つだという。これ以外の興行は、音楽も演劇も、プロ野球もサッカーも、日本映画までが、政府・自治体や企業スポンサーからの収入がなければ成り立たない。歌謡曲と漫才とプロレスが入場料収入だけで成り立つのは、主としてローコストだからである。自由競争とは、あくまでもコストの範囲内で競われるものだ。コストを無視した競争は、自由競争ではなく、政治的(または信仰的)闘争である。(p.154)

●「何でもありの自由競争」といえば、日本ではすぐ「安全性が損われる」という声が出る。だが、これほど誤った議論はない。自由競争では、事故を起こしたり欠陥製品を出したりすれば、たちまち消費者にソッポを向かれる。~(中略)~安売り合戦のアメリカ航空業界でも、事故はむしろ少なくなっている。「何でもあり」のプロレスが、官僚主導型の大相撲よりも、負傷が少なく選手寿命が長いのと同じだろう。(p.158)

●技術者は常に、より高級なもの、より完全なものを追求する。したがって、現場の技術者が決定権を与えれば、高コスト高品質になる傾向がある。~(中略)~田中角栄元首相がつくった上越新幹線は、当初大赤字だった。まだ健康だったころの元首相に、「田中さんがむりやり新幹線をおつくりになったので、大きな赤字が出て、長年にわたって国民の負担になりますよ」といったら、田中氏は「ちゃうちゃう。おれは新潟へ新幹線をつくれといったが、時速260キロの超高速鉄道をつくれといったのではない。もしあれが180キロの新幹線なら、十分採算が合ったのではないか」と答えた。政治家に細かい技術はわからないのだから、「新潟は気象や地形などの事情があって、とても東海道新幹線のような大型は無理です。180キロにしましょう」と官僚がいってきたら、田中元首相も「ああ、それでいい」と答えただろう、というのだ。(p.174)

●日本は今、非常なハイコスト社会、何ごとにつけても経費の高い世の中になっている。まず第一に、日本の市場では、ほとんどあらゆるものの価格が、諸外国よりも高い。~(中略)~日本製の自動車やカメラは、東京よりもニューヨークのほうがずっと安い、という現象が現れている。~(中略)~自然条件に制約されている農産物や古風な流通に抑えられている食料品はいうに及ばず、最近は建設コストの高さも注目を集めている。建設省の調査によると、同じ規格基準とすれば、アメリカに比べ約3割高い(1ドル110円ベース)というが、実際はそれどころではなさそうだ。住宅やオフィスビルでは平均2倍程度、道路や橋梁の建設では2倍以上が実情といわれている。(p.182)

●そもそも「社員の士気が下がる」とは何を意味しているのか。やる気がなくなるとどんなことが起こるのか。その第一次的な現象は、拡大意欲の低下である。~(中略)~量よりも質、売上高よりも利益率、さらには利益質が追求されるとすれば、やたらとやる気を出して事業を広げることは、ときとして有害危険である。ローコスト化のためには、やる気を抑えることが必要なときもあるのだ。(p.206)

●組織にとって、士気論ほど危険なものはない。士気論というのは共同体の倫理であって、機能体の論理ではない。冷静に目的を追求すべき機能体にとっては、全員の士気が高い、やる気があるというのは、きわめて危険な状態であり、しばしば危険を冒して費用をかける競争を展開させることにもなる。士気が高い人は、自分の所管分野を削除してもよいとは絶対にいわないからだ。うつむき加減の経済では、ある段階である分野の士気を落とす「省事」が重要だ。安全、清潔、手続きの正確さ、そして会社の風格や見栄は、一つずつをとれば悪いことではない。(p.207)

●企業経営においては、常にコスト対効果を考えていかなければならない。技術者やテクノクラートは、自分の分野については完全を期してコストを考えない傾向がある。その結果、一般的な利便性が失われ、膨大な費用のかかることにもなってしまう。こうした心理状態が組織全体に広がってしまえば、各部門が競って費用をかけ手間を費やして完全を期し、ひたすら自己満足と責任回避に浸る共同体的悪風が、正義面(づら)で通用することになる。そしてそれを「やる気」とか「士気」とか称する。(p.209)

●戦後の日本人が持つ人生観の第三の前提は、「明日は今日より豊かだ」という神話である。昨日よりも今日、今日よりも明日と、年を追うごとに所得も財産も増え続ける、都市も企業もより大きくなる、世の中は年々便利になり安全になり美しくなる、という進歩史観的な信仰があった。終身雇用と年功賃金に守られた戦後の成長社会では、物価の上昇を上回る所得の向上が当たり前だった。だから、年とともに生活は豊かになり、消費する物品は高級になり、人々の行動半径は広くなった。~(中略)~ところが、1990年の冷戦構造の崩壊とバブル景気の消滅によって、「明日は今日より豊かだ」という神話も崩れてしまった。(p.249)

●政府はもちろん、各自治体も、依然として右肩上がりの財政収入を予定し、その前提で長期財政計画を立てている。実際の社会経済よりも、企業経営者は5年、政治家は10年、官僚は15年遅れるという。今、日本の官僚たちが考えている諸政策は、80年代初め、つまり第二次石油危機後の不況対策と何一つ変わっていない。(p.250)
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この記事に対するコメント

> 個性と独創性のない人間を、いかに大量に育てるかに集中してきた。

最近の若者はこのタイプが多いですね。子供はほとんどこのタイプです。日本から個性や独創性は消滅しつつあります。

日本の政官財が個性の無いサラリーマンを大量生産し、彼らに給料を与え、その彼らが子供を産んだからでしょう。日本の組織は個性や独創性を嫌いますので…。

【2010/05/09 16:36】 URL | ぽんぽん #qbk0ineE [ 編集]


はじめまして。コメントありがとうございます。

会社内だけの印象ですが、たしかに「とんがった」若者が減ってきたように思います。

昔から冗談交じりで「出る杭は~」などと言われますが、出る杭を見極めて育てて(邪魔しないで)いかないと、日本の競争力がどんどん低下していってしまいますね。

私はもはや若いとはいえないかもしれませんが、常識の範囲内で「とんがって」いきたいです。

【2010/05/12 21:48】 URL | zuKao→ぽんぽんサン #- [ 編集]



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